村人C。田山健人の役はいつも居ていない、どうでも良い役ばかりだった。眼つきが悪く、睨んでいると思われがちで、クラスの主役級の者とは当たり障りのない会話しかしないどうでもいいポジション。彼が目立つことなど年に一回もあるのだろうか。身長以外、全てにおいて平均的で飛び抜けた才能も持っていない普通の高校生だった。
 小中と同窓生の片瀬祐樹は健人とは真逆の存在で、主役の王子や勇者やヒーローになることが多かった。一般的に見て容姿端麗、勉強も運動もそこそこ上に位置して居り、性格も取っ付き易い。所謂人気者だ。
 学校が同じと言うだけで、健人は祐樹と殆ど会話をしたことがなかった。今の今まで。
「田山君って、何気に小学からクラス同じだよね」
 忘れ物を取りに教室に戻った健人が見たのは夕陽に照らされ、机に座って居た祐樹だった。絵になる男だ。差し詰め、誰かと待ち合わせでもしているのだろうと思っていた健人は話しかけられた事に驚いた。
「……そうだな」
 言われて初めて健人はそのことに気付いた。否、確かに健人の視界にはいることが多かった祐樹だが、それを目立つポジションだからだと思っていたのだ。
「その割にあんまし話さなかったから、何か変な感じだよね」
 へらっと人懐っこそうな笑みを祐樹は浮かべた。健人は祐樹の居る方向に足を進めた。正確には彼が座って居る机の後ろの席が健人の座席なので向かっている。
「まぁ、俺と話すより他と話す方が楽しいだろうしな」
 思ったことが思わず口に出てしまった。健人は自分を殴りたかった。こんなこと言った所で、誰隔てなく優しい祐樹は例えそう思っていなくとも否定の語を口にするだろう。健人はそんな事を考えながら、忘れてしまったノートを探した。気を使わせるよりも、早いところ出ていくのが先決だ。
「まさか! 俺、ずっと田山君と話したいと思ってた! 機会を窺ってたんだけど、田山君直ぐ教室出てったり帰っちゃったりするからさ」
 いきなり大声を出され、健人はまたも祐樹に驚かされた。よく見ているなと感心した反面、人気者はクラスメート全員に目を配らせなければいけないのかと半ば呆れた。
「そりゃ悪かったな」
「あ、ごめん。そういうつもりじゃなかったんだけど……。あの、話したかったのはほんとだよ」
 申し分なさそうに、まるで主人に見放されそうになる犬みたいな顔で健人を見つめる。なんだか罪悪感にとらわれ、居心地が悪くなった。
「……誰か待ってたんじゃないのか?」
「んー? 嗚呼、大丈夫。今居るから」
 ニコリと笑う祐樹。自分たち以外に誰か居るのかと健人は教室を見渡した。誰一人として他にいない。
「田山君のことだよ」
 何を言っているんだと一瞬自分の耳を疑った。冗談だろうと無視を決め込む。
「そうか。じゃあ、俺は先に帰るな」
 ノートも見つかり、鞄にも入れ終えた。健人がここにいる理由はもうない。立ち上がり、教室を出ようとドアに向かって歩き出した。
「……ずっと見てたの気付かなかった?」
 数歩歩いたところで健人は立ち止る。
 確かに健人が裕樹を見ると大抵目が合った。たまたまだろうと、視線に気づいたからだろうと、特に疑問を持たなかった。
「気持ち悪いかもしれないけど、初めて話した時から好きだったんだ」
 男が男を好きになる。知識として知ってはいたものの、自分に好意が向けられるとは露にも思わなかった。
 だが、不思議と嫌悪感はなかった。なんとも思わなかったのだ。ただ、そうかと理解する。
「俺の知ってる限りじゃあ、彼女いただろ」
 人気者の色恋沙汰となれば嫌でも耳に入ってきた。プライバシーはないのかと哀れに思ったものだ。
「流石におかしいと思って、彼女作ったんだけど、やっぱり彼女と居ても田山君とダブっちゃって無理だったよ。だからみんな長いこと続かなかった」
 苦笑する裕樹にかける言葉は浮かばなかった。
「そうか。……でも、俺はお前と付き合えないぞ」
 だろうね、と裕樹は笑った。しかし、そこに諦めの色は見えない。
「だって田山君、俺のこと知らないでしょ? だから、ちゃんと知ってもらって、そこでまた告白する。そしたらもう一回答えちょーだい」
 へらへら笑う、健人が見るいつもの裕樹だ。夕陽で、金に近い茶色に染められた髪はきらきらと輝いていた。

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題名は決まってません。
ただ、結構前から書いていて、まったく進まなかった話です。
一応これは設定が普段よりも決まっていて、続きます。
ゆっくりですが、お付き合いいただければと。


03/06/11