目覚めた時からこの城にいて、自分の意志とは関係無くここに立っている。いや、立たされている聖にしてみれば、『よく来たな』と歓迎されることが不思議でならなかった。
 困惑、これが今の聖に合う言葉だろう。
「ふむ、そうか。言っていなかったか。聖、お前は私のモノになりに来たのだよ」
「……は?」
 脳が男の言葉を受けつけようとしなかった。意味をなさぬ音となって、耳の右から左へと流れて行く。
「理解したか?」
 漸く分かる言葉が耳に入って、緩く首を左右に振った。今の言葉は理解はできたが、その前の意味の分からぬ言葉は許容できなかったからだ。
「では、もう一度簡単に言おう。お前は、私の伴侶としてこの天上界に来たのだ」
「何言って」
「そんなこと僕は聞いておりません! 唯でさえ生きている人間を天上界に連れてくるのは異例なのに……そんなこと、許されません!!」
 天使の様な美少年が聖の言葉を遮って、口を開いた。聖からすれば、聞いていないどころか勝手に連れてきやがってと声をあげたいくらいだ。
 だが、逆に聖は少年が躍起になったことで冷静で居られた。言ったところでここに居ることに変わりはない。夢でない以上、すぐに帰れはしないだろう。
「許す許さないの問題ではない。私が聖を望んだのだ。分かるか、フィリア? 私が望み連れてきたのだよ」
 有無を言わせない重厚な声音。平伏さずにはいられない、圧倒的な何かがそこにはあった。変わらない表情に、その声。声が脳を身体を支配して、すべてを受け入れてしまいそうになった。
「……そう、ですね。愚考を述べたこと、誠に申し訳ございませんでした」
 フィリアと呼ばれた少年も同じ物を感じた様で、吠えた声はどこに放ったのか大人しくなり、一歩下がった。
「いや、私も少々我儘を通したからな。お前の言葉は正しいよ」
 こいつは声でしか感情を表せないのだろうか。先程とは打って変わって優しい声だった。
 聖は拒絶したい気持ちでいっぱいだったというのに、そこにほんの少しの隙間ができて、言いたいことが喉から出てはくれなかった。閊える気持ち悪さに眉を顰めた。
「すまないね、聖。お前の意見を無視した結果になってしまったが、受け入れてほしい。これはお前が生まれる前から決まっていた運命なのだよ」
 運命だなんて誰が信じるか。そもそも、勝手に決められていたことを運命だなんて言われたくない。
 俺は普通に生きて、ラッシーと遊んで、いつか来るかわいいお嫁さんに夢を抱いてたんだ。子供のこととかはまだ考えてなかったけど、いつかはほしいなって思うだろうし。きっとお嫁さんと子供の為に働いて、たまの休みに一緒にどっかいったりして。巣立って子供に少し寂しさを感じつつも、連れ添ってくれたお嫁さんと隠居生活する予定だったんだ。
 というか、そうなるんだろうなって。親父だってそうだろうし、普通の日本男児なら大体こんなんだろうって。
 なのになんだよ。いきなり連れて来られて訳の分からない男に嫁になれだと? それが運命だ? ふざけんな。俺をバカにするのもたいがいにしろ!
 落ち着いた心が再び大きく乱れた。決めつける様な言葉に一気に不満が爆発したのだ。しかし、それを言葉にできない聖はぎゅっと拳を握った。全部吐き出せば楽になるかもしれない。だが現状は? 改善されるのか、戻れるのか。不安までもが心を満たし、混乱する。
 訳が分からなくて泣きそうになった。それをグッと奥歯を噛み締めることで塞き止める。
「……お、れは、そんなこと認めない! ご託は良いから俺を帰してくれよっ」
 精一杯の声は彼には届かなかった。
「無理だ。お前の身体は既に現世から消滅している。器を失った魂は浮遊し、行き場を失う。最悪、魂が喰われ、すべてが無に還るぞ」
 自分と言う存在が無い。……ない? 喰われる?
 何だそれはと聞き返して良いのだろうか。聖は当惑する。
「い、み分かんねぇ」
 呆然として出そうだった涙が引っ込む。手足の末端から冷えていくような感覚に襲われた。
「辻褄を合わせるために、お前という存在を人間たちから消した」
 聞きたくもない言葉が耳の中に入ってくる。聖はすべてを奪われた、そう思わずにはいられなかった。聖を構成していた物はいとも容易く消し去られたのだ。
「……んで、そんな事したんだよ」
 地を這うような、最大限低い声で静かに怒りを表す。
「私にはお前が必要だったのだ。あくまでも予定通りに事は進んでいる。それに、一方的ではあったが結納は済ませただろう」
「結納?」
「そうだ。小さな幸運を」
 小さな幸運……あれか!
 思い当たる節は幾つかあった。一週間ばかりか些細なことだがラッキーだと何度思ったことか。
 大きな物でないだけに、何の疑いもなく享受していた。それ以前に神という存在を認めていない聖に、神の施し等という概念はない。偶然以外に思いつく物はなかったのだ。
「あんなもん押し付けだ! 第一、結納ってのは家にやるもので俺にくれても仕方ないだろ!」
「ふむ、そうか。ならば、私の気持ちだ」
 なんだこいつ。訳わかんねー。
 聖は言葉を見失った。否、何を言っても伝わる気がしなかった。いくら言葉を投げかけても、自分の求める言葉が返ってこないと諦める。
 閉口し、腕の力が抜けだるくぶら下がる。無気力な目で男を見た。
「……で、俺は何すればいいわけ?」
 感情を無くした声で、聖は言葉を紡いだ。希望も絶望も見えない、何もない声色で。
「……私の側に居てくれるだけで良い。歩き回って疲れただろう。フィリア、聖を部屋に案内してやりなさい。聖、風呂に入って疲れをとって、食事まで寝ると良い」
「承知いたしました」
 フィリアは一礼し、聖に目配せした。回れ右をする様にきれいにくるりと方向転換した。長い通路を再び歩き始める。聖はそれに無言で続いた。

 部屋を出ると不機嫌なフィリアの美しい顔が聖を睨んだ。
「いい気にならないことだな」
「何が」
「神の寵愛を受けたことだ!」
 いらないものが手に入りそれを羨むフィリアに苛立った。そんなものくれてやると。ぐっと手を握り、口から出そうになる怒声を抑えた。
「そんなことで、浮かれたりしないから大丈夫だ。それより早く部屋に連れてってくれ。歩き回ったから疲れたんだ」
 ダルそうに言うとフィリアは目を見開いた。だが、自分を落ち着かせたのか、深呼吸を一つしてもう一度聖を睨むとすぐに移動を始めた。
「こっちだ。ついてこい」
 ドスドスと歩くフィリアに苦笑する。聖はこいつの後ろを歩いてばかりだなと思いながらも、頼れる者は彼しかいないのでそれに従った。
 先ほど聖が寝ていた部屋とは違うようだ。十五分ほど歩くと、フィリアが観音開きの扉の前で立ち止まった。ノックすることなく扉を開けると、中には既に人が居た。
「おい。コイツのこと、後は頼んだぞ」
「畏まりました、フィリア様」
 部屋にいた二人の女が来て早々に出ようとするフィリアに深く頭を下げた。聖は扉の前で固まったまま、それら一連の動きを見た。
 去っていったフィリアの背を見終え、正面を向いた。にこにこと笑うかわいらしい女性に、どう対応すべきかと悩む。
「えーっと……」
「ヒジリ様ですね。私たちはヒジリ様にお仕えする事になりました、アリーとシュナに御座います。何なりと御申し付け下さい」
「えっと、あの、とりあえず、お風呂入っても良いですか?」
 困惑した聖はとっさに神が言っていた言葉を思い出し、それを口に出した。挨拶すら頭から抜け落ち、礼儀を欠いたと後悔しながら二人に連れられ風呂場に向かった。

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聖は結構諦め早いです。
どうしようもなくなると、どうでもよくなっちゃいます。
感情の起伏が激しいのは一気に書いていないからだと思います。
よく分かんないし駄目駄目すぎる!\(^o^)/


01/30/11