脱衣所に入るとそこだけでも広かった。軽く聖の部屋を越えるだろう。出ていこうとしない二人をチラチラと見る。流石に異性の前では服を脱げない。同性とすら自ら脱ごうとは思わない。温泉などは、互いが脱ぎあうからこそ違和感無くできるのだ。
「……あの、案内ありがとう御座いました。もう、大丈夫なんで」
 やんわりと出ていくように促した。しかし、それに従うことなくそこに留まったままだ。
「お手伝いいたします」
 そう言って聖の服に手をかけた。脱がされそうになる服を押さえ、必死に抵抗した。 「いやいやいや、ないから。この展開とかないから! 俺一人で入れるんで、出てって下さい!」
「そう仰らないで下さい。これも我々の仕事なのです。神よりヒジリ様を隅から隅まで綺麗にするように申し付かっております」
「もちろん、ヒジリ様はそのままでも大変可愛らしくおいでですよ!」
 にこにこと笑いながら迫ってくる二人はもはや可愛いを通り越して恐怖だった。聖は二人から逃げ出し、着衣したまま風呂場に入った。扉は引き戸になっており、棒でもない限り閉めるのは困難だ。キョロキョロと左右の戸を後ろ手に押さえながら丁度良さそうな物を探す。
「ヒジリ様、恥ずかしがらないでもよいのですよ?」
「そうです。我々のことは手足と思って下さればよいのです。恥ずかしいことなどありませんわ」
 そう言われてハイそうですかと答える純情な男子高生はそう居ないだろう。聖も外れることなく、それを阻止しようとしている。
「そんな風にはとても思えないので無理です!」
 両手で押さえていた扉の感触が急になくなったかと思えば、無惨にも砦である戸が開いてしまった。
「なんっ!?」
 予想だにしない展開に驚きを隠せない。両目を開いて後ろを振り向いた。聖にはその二人が般若に見えたという。
 テキパキと固まっている聖の服を脱がしていく。着ていたのはワンピース。防御力は酷く低かった。
 アリーとシュナは裸になった聖の身体を丁寧に洗っていく。可愛いお姉さんにすべてを見られてしまったショックで、聖は動かなくなってしまった。二人にとってみれば洗いやすいことこの上ない。しかし、流石に前だけは無意識にガードし自分で洗った。そこだけは死守したかった、息子だけは。誰しも譲れない物はある。
「流しますね」
 シャワーなどと言う文明の利器はない。漬け物の樽のような物に溜めた湯を桶に掬い、それを聖の身体に掛け泡を流した。
 もはや開き直るしかない聖はどうにか復活した。
「ありがとう御座います。サッパリしました」
 全裸で礼を言うのは滑稽だが致し方ない。
 彼女たちも気にした様子もないし、自分一人で騒いで馬鹿みたいだ。
「いえ、お気になさらないで下さい。湯船に入られますか? 良い湯加減になっていますよ」
 シュナがこの後どうするかを問う。タオルを持ってくるかどうかを気にしているのだろう。
「あ、じゃあちょっと入ります」
「畏まりました。では、出る際にお声をおかけ下さいませ」
 そう言うと二人は風呂場から出ていった。それが聖には有り難かった。恥ずかしいというのもあるが、一人で考える時間がほしかったからだ。
 湯船は一人で入るには勿体ないほど広かった。洗い場も五人は余裕で使える。全体的に白い空間に、銭湯や温泉のように広い湯船は違和感無く存在し、灰色掛かった陶器でできていた。
 低い段差を乗り越え、片足から湯に浸かる。両足が入り、ゆっくりと腰まで下ろした。しゃがむと肩まで湯に触れる。
「ふぅ」
 心地よい温もりが聖を包む。人肌より数度高い、丁度よい温度だった。
 聖は今日のことを振り返る。
 起きれば知らない場所にいて、知らない、わけの分からない者に生まれた時から結婚が決まっていたなどと言われたのだ。頭が真っ白になり、現実逃避をして、盛大に文句を言っても批判する方が少ないだろう。聖の周りはそんな人間ばかりだった。故に、ここ存在するという違和感はぬぐえない。
 俺、死んだのか。
 口元まで湯につかりブクブクと息を吐いた。
 実感しがたい、嘘か真かも分からぬ、現実。運命やなんやで一括りにされては堪ったものではない。
 神様からしたら、命なんでどうでも良いのかもしれないな。母さんも親父もちゃんと飯食ったかな? ラッシー、寂しがってるよな。
「起きたら家族死んでたとか……ほんと、しゃれになんねーよな」
 ひとりなのだという現実を突きつけられ、聖は無性に哀しくなった。涙が零れぬよう、頭まで浸る。
 息が苦しくても、心よりは辛くない。死んだのなら、これ以上はないだろう。
 そう思うとずっとこのまま水の中に居られる気がした。
 だが、これ以上は無理だと言うところで水から出てしまった。
「はあっはあっ」
 根性なし!
 弱い自分を罵る。
 苦しいことも、寂しいことも嫌いだった。逃げること、諦めること。そちらにばかり聖は向かう。それが、悔しくも有った。恥じるべき自分だった。
 ……逃げて逃げて、楽な方ばかりに生きてきた自分へのチャンスなのかもしれない。
 そう考えると少し気持ちが楽になった。ある種の逃げなのかもしれないが、今の聖にはこの考えの方が生きやすかった。
 十七年と生きていない人生、まだ何度だってやり直しはきく。転んだって立ち止まったって、後ろに行けないんだ。前に進むしかない。
「よし、出るか」
 湯船から出た聖は洗い場で樽からお湯を掬い肩から掛けた。そして風呂場を出る。待ち受けていたのはすっかり忘れ去ってていた、かわいらしいお姉さんたちだった。
 戻りかけたが、全身洗われたことを思い出し、俯きながらも二人に柔らかいタオルで身体を拭かれた。
「先ほどの服は汚れてしまっていましたし、こちらの服に着替えて頂きますね」
「あ、はい」
 そういってアリ―は手に持って服を見せた。純白の白いワンピースだ。
 レースが増えているのは気の所為だと思いたかった。大きめの茶色いボタンが幾つか付いており、袖先と裾は生地が薄く肌が見える。さらに裾はレースが多い分フワフワとしていた。
「……これって、女ものですよね?」
「そう――」
「いいえ! こちらでは男女兼用の服になっております! そもそも天界に男女という概念は希薄ですのでっ」
 アリ―の言葉を遮ってシュナが熱弁する。それに呑み込まれて聖は何も言えなかった。
「そう、ですか」
「はい! では失礼します」
 自分で着ると言う前に素早く動いた二人には太刀打ちできず、下着まで穿かせてもらうはめになった。
 ここ一時間の間にこの二人から一種の羞恥プレイを受けた聖。憤死する前に終わらせるのが唯一アリ―とシュナの褒めれる部分ではないかと思った。
 ベッドのあるメインルームに戻った聖はソファーではなくベッドに座った。
「御眠りになりますか?」
「いや、ただ、何をすれば良いか分からなかったので」
 眠くないと言えば嘘になる。身体はポカポカと温まって眠気を誘う。その為、無意識にベッドに座ってしまったのだ。
「お夕食までまだ時間も有りますし、お休みになられてはいかがですか? なれないことでお疲れになったでしょう」
「じゃあ、そうします。時間になったら起こしてもらえますか?」
「はい、勿論でございます」
 聖はベッドの中に入り、目を閉じた。戻れるのではないかという淡い期待を抱いて。

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シュナの方が少し若くて元気です。腐女子に近いw
アリ―は真面目ですが、シュナのしたいと思うことも分からないでもないので主人が本気で嫌がらない限り止めません。
そういえば明日はバレンタイン! 何もしませんけどねw


02/13/11