姉が帰ってくるまで二十分程ある。急いで風呂に入れば問題はないだろう。ラッシーに夕飯を与え、自室に戻り下着を箪笥から抜き取った。
 風呂場に向かい、脱衣場で服を脱ぎ捨てると素早く浴室に入った。四十二度に設定したシャワーの温水は優しく聖の体を温めた。
 ものの五分で髪と身体を洗い、湯船に浸かった。十分ほど温まると浴室を出た。身体をタオルで拭き、ジャージ姿に戻ると玄関の方から声が聞こえた。
「ただいまー」
 聖は肩に小さめのタオルを掛け、廊下に出た。濡れた髪を少し乱暴に乾かしながら姉を出迎えた。
「お帰り。着替えてこいよ。その間に温めるから」
 姉、由衣はダルそうにヒールの高い靴を脱いだ。
「ご飯はー?」
「シチュー」
「あ、逃げたな。どうせ毎日作るの面倒とか言うんでしょー」
 事実だが、それを姉である由衣に言われるのは些か腹が立った。それは、彼女が全くと言って良いほど家事を手伝わないからだ。
 由衣は聖のムッとした表情を見ると愛しいものを見ているような眼差しを彼に向けた。クスリと笑い、二階にある自室に足を進めた。
 聖はキッチンに入り、シチューを温める。冷めきっていなかったそれは直ぐにグツグツと煮えだした。炊飯器からご飯を茶碗によそいテーブルに置いた。冷蔵庫からサラダとドレッシングを取り出し、それらも並べる。直ぐに来るだろうと予想し、温まったシチューを底の深い皿に注いだ。
 全て並べ終え、椅子に座った。そこからはテレビもソファーで伏せているラッシーもよく見えた。
 ガチャっと扉が開くとラッシーが扉に駆け寄った。聖にしたように、ラッシーは由衣の周りをグルグルと嬉しそうに回った。
「ラッシーただいまー。お姉ちゃんお腹空いてるから、ご飯食べさせて」
 頭を撫でられたラッシーは言葉を理解したのか、由衣から少し離れた。由衣は席につき聖と向かい合わせになる。
「んじゃ、いただきます」
「いただきます」
 手を合わせ、すぐにスプーンを握った。シチューを掬い口に入れる。二人は殆ど同時にそれらをこなした。何口か味わった後、由衣が評価を下した。
「いつも通り美味しいわよ。ホント、男にしとくのが勿体ないくらい主婦してるわよね」
「まぁ市販のルーだしな。てか、主婦言うなよ。ねぇちゃんがやれば俺はこんなことしなくて済むのに」
「何言ってんの。お姉ちゃんはあんたの為を思ってさせてんのよ? 最近、家事のできる男はポイント高いらしいじゃない」
 ポイントを上げるべきは女である姉ではないかと心の中で呟いた。実際に口に出せば、悪夢が待っていると身に沁みて分かっていた。過去に何度か由衣の餌食になったことがある。それ以来、ボーダーラインはきちんと見極める聖だった。
「出来すぎても嫌われそうだけどな」
 自分より家事の得意な彼氏は嫌だろう。女としてのプライドが許さない、と言われそうだと聖は思った。
 聖はシチューとご飯を食べ終え、難関であるサラダに取り掛かった。ドレッシングを掛け、味を誤魔化した。聖曰く、サラダは人間以外の草食動物が食べる物だ。
 反対に由衣は塩を振って本来の味を楽しんでいた。
「ご馳走様」
「ご馳走様。私が洗い物しとくから、置いといて良いわよ」
 姉の言葉に甘え、食器を流しに持っていき、水に浸け置いた。
 聖はソファーへと向かい、テーブルの下でうずくまっていたラッシーも聖の後に続いた。ソファーに腰掛けテレビを点ける。局の多くはバラエティー番組をやっている時間帯だ。毎週見ている番組にチャンネルを回し、ラッシーをソファーに乗せた。ギュッと抱きしめ寝っ転がる。自然と体の上にラッシーが伏せをする形となった。
 尻の辺りを撫でると、ラッシーはぺたんと頭を聖の胸に乗せ、気持ち良さそうに目を瞑った。
「ラッシー可愛いなぁ、もうっ」
 聖の眦が自然と下がる。ぎゅうぎゅう抱き締めたい気持ちを必死に押さえ、ソファーの背を掴んだ。
「何やってんの」
 洗い物を終えた由衣がソファーで必死に自身と格闘していた聖を変なモノを見るような目で見つめる。
「ラッシー抱き締めんの我慢してんの」
 頭だけを由衣に向け、必死さをアピールした。この葛藤が姉ちゃんにも分かるだろうと訴える。そんな姿を無視して由衣は聖の上に伏せるラッシーを持ち上げ、空いている二人掛けのソファーに腰を下ろした。
「勝手にラッシー持ってくなよ! 嫌がってんだろ」
 大人しく由衣に抱かれるラッシーを取り返そうと、小さな嘘をつく。由衣もそれが嘘だと見て分かった。ラッシーの取り合いはいつもこうだった。聖がラッシーと仲良くしていると由衣がやってきてラッシーを抱き込む。
 一人ぼっちになった気がするからだ。除け者はイヤなのだ。だから優しいラッシーを繋ぎとして抱き締める。そして聖に構うのだ。少々ブラコンの気がある由衣だった。
「ラッシーはそんなこと思ってないもん。ねー、ラッシー」
 ぎゅうっと抱き締め、ほら見ろと聖を見て偉ぶって口角を上げた。
 由衣の気持ちを察してか、ラッシーは大人しく抱きしめられ尻尾を左右に振った。
「ラッシーの浮気者!」
 両手で顔を隠し、泣き真似をする。ラッシーはやって来ない。それどころか由衣の膝の上で落ち着いていた。
「薄情者めー」
 散々に言われてはラッシーも良い迷惑である。
 聖はラッシーを諦め、テレビを見る合間に由衣と会話を挟んだ。
「ところで、幸運少年は今日も何か良いことあったの?」
「そういえばまだ無いな。なんだよ、参拝したのが悪かったのか? 神様間違えたとか?」
 聖は残念だと深い溜息を吐いた。その姿を見てニヤニヤと笑うのは由衣なりの愛情表現だ。
 振り回されるのはいつも聖だ。そんな由衣に文句を言わないのは、逆らわないのか、逆らえないのか。
「まぁ運なんてそう続かないものよ。大分消費しちゃったし、しばらくはついてないかもね」
「小出しじゃなくて一気に運使いたかった」
「そんな、コントロール出来るなら苦労しないわよ」
 可笑しそうに笑う由衣。正しい回答だがつまらないものはつまらなかった。小さな幸運が今では憎らしい。
「あーあ。今までの無かったことにして、ドカンと一発でかいの来れば良いのに」
 聖はソファーの背に身体を預け、天井を見上げた。白かった天井は歳月を経て黄色がかっている。
 その後もしばらく由衣とテレビを見ていた聖は宿題をこなすために自室に向かった。
 両親からの帰宅メールを受け取ると、丁度良い時間に夕飯と風呂を暖め直した。準備だけすませ、帰ってきた母にすべて引き渡した。
 寝仕度をを済ませ、自室に戻りベッドにダイブした。枕元においてある携帯ゲーム機を手にとり、起動させる。液晶画面から光が溢れ、エンターキーを押した。
 一時間ほどレベル上げに勤しむと、セーブをし、ゲームと照明を落とした。布団に潜り、目を閉じる。暫くすると、聖は眠りに落ちた。

top next

***
あんまり気に入ってなかったりします。
絶対何時か書きなおす!


11/22/10