晴れた風の少ない日に上山聖は友人、貴志と学校の屋上で昼食をとっていた。風の無いことを理由にバドミントンをする女子が二組ほど来ている以外は、彼らを含め六人がだらだらと会話の合間に食事をしていた。
「なぁ。お前、神様っていると思う?」
 貴志は紙パックに入っているコーヒー牛乳を飲みながら、柵に寄りかかり校庭を眺めた。その言葉を聞いた聖は鼻で笑った。柵に背を向ける形で座っており、貴志の方に顔を向ける事無く答えた。
「居たら、そろそろ俺にパンチラ見せてくれても良いんじゃね?」
 聖は楽しそうにバドミントンをする女子を見ていたのだ。正しくは見えそうで見えないスカートの中身をだが。
「アホか」
 くくっと笑いながら聖を見た。やる気の無さそうな顔の瞳だけがキョロキョロと間隔をあけて動いていた。貴志も聖と同じ様に座った。
 確かに見えそうで見えない。後少しと言うところを神様は手助けしてくれなかった。
「寧ろアイツ等の見方なんじゃね?」
「いたいけな少年にも少しくらい運を分けてくれたって良いだろ」
 うなだれながら聖は紙パックのイチゴミルクの最後の一口をズズズっと吸った。中身を失った紙パックは空気だけ吸い上げられぼこっと凹む。
「つーか、さ。日本で神様信じてる男子高校生見つける方が難しいだろ、今時。……亮、居るだろ?」
「ああ、クリスチャンだっけか?」
 同じクラスである亮は十字架を首に下げていた。校則に違反するが、宗教の自由がなんだと反論をして、見事勝利を手にしたという噂が以前流れた。
「アイツ、一応洗礼受けてるらしいけど、本人は別にカミサマ信じてないってよ。オシャレに気を使ってんだって」
 くくっと聖が笑う。反論してまで十字架付けた理由が理由だったからだ。貴志も呆れたように口をあんぐりと開けた。聖と同じ考えだったからだ。
「最近の若いもんは大変だな」
「ほんとにな」
 他人の目を気にするような二人であったならば、この様な真似はしないだろう。
「……あ、見えた」
 偶々靡いた風が一人の少女のスカートを持ち上げた。そんな一瞬を見逃さなかったのは聖だけだった。昼休みの殆どをかけた甲斐があったというものだ。
 その日から聖にちょっとした幸運が、少なくとも一日一回は訪れるようになった。
 スカートの翌日は遅刻すると思われた学校にチャイムと同時に教室に入れた。そのまた翌日、いつものように自販機でイチゴミルクを買おうと小銭を入れると、お釣りが多く返ってきた等々。些細なものかもしれないが、聖にとってしてみれば大きな喜びであった。
「やべぇよ貴志。今週、俺運良すぎ!」
 興奮しながら聖は貴志と帰路についた。二人は近所に住んでいる為、放課後は殆ど一緒に帰っていた。
「俺運使い果たしちゃうんじゃね!?」
「ちっせー事に一生分の運はつかいたくねぇな」
 確かに、小さいことが数多くよりも、大きい物が一回ないし数回の方が魅力的ではある。どちらかを選べれば良いものだが、そうもいかないのが現実だ。
 話は途切れ途切れに続き、聖の立ち寄りたかったある場所へと着いた。近所の小さな寺だ。夏には小さな祭の場所として使われる。それ以外で聖が此処に来ることは殆ど無い。新年のお参りは此処ではなく、隣町の大きな神社に毎年行っているからだ。理由は特に無いが、子供頃から親に連れて行かれていた、と言うのが大きいのだろう。
 聖は賽銭箱に財布からとりだした五円玉を投げ入れ、手を合わせた。
 神様……ん? あ、仏様か。今週は運を有り難う御座いました。できるなら、これ以上運を小さいことに使いたくないので、そろそろストッパーを付けていただきたいのですが。でも、まぁ、本当に今週は有り難う御座いました!
 長々と祈っている聖とは別に貴志は一言、運をください、で終わってしまったので、聖を待つこととなった。とは言っても数秒の差だ。貴志は聖を眺めることにした。
「よし! 帰るか」
 聖も終わったようで、頭を上げながら言った。
 家までの帰り道、聖は地蔵の前に持っていた一口サイズのチョコレートを供えた。
「お地蔵さんが運くれたのかもしれないしな」
「あっそ」
 ついでとばかりに、聖は貴志にもチョコレートを渡し、自身にも一つ口に入れた。甘いものに眼がない聖はうっとりと目を細めた。

 聖は貴志と交差点で別れ、少し歩いた所にある自宅へと入った。
「ただいまー」
 聖が鍵を開けたのだから、誰も家にいないことには気付いていた。しかし、癖で一言言ってしまう。
 聖の両親は共働きで、二人の帰りはいつも遅い。姉が居るが、彼女は大学やらバイトやらでやはり帰りが遅い。彼を迎えてくれるのは愛犬のラッシーだけだ。
 自室に行き、ジャージに着替えリビングに向かった。タッタッタッタと軽い足音が近付いてくるのが分かった。リビングのドアを開け、中に入った。
「ただいま、ラッシー。良い子にしてたか?」
 足元に擦りよってくるラッシー、名前の通りコリーだ。毛が長く数日に一回、時間がある時は毎日ブラッシングをしている。そうでもしなければ、毛玉になってしまうからだ。グルーミングは聖が行い、カットも彼がこなす為、些か不格好だ。
「ちょっと待ってろよ? 冷蔵庫見て、足りないもの買わなきゃなんないからな」
 平日の夕飯と洗濯物の片付けは彼の仕事だった。姉は元々不器用だったので、自分がやると言って中学の時からこの生活が続いている。見よう見まねでやってみると案外楽しいものだと分かった。姉の背をそわそわしながら見るよりもずっと安心できると言うのも一つの要因だ。
「うーん。鳥腿あるし、シチューで良いか。そしたら明日、楽だしな」
 聖は買う物をリストアップして、財布と散歩道具を大きめの袋に入れた。
「散歩行くか」
 ラッシーに向かって言えば、嬉しいと体全体で表すように跳ねたり聖の周りをくるくると回ったりした。聖はラッシーにリードをつけ、鍵をかけて家を出た。二十分程近所を歩き、スーパーに寄った。最近できたドッグパーキングにラッシーを繋ぎ、急いで買い物を済ませた。
「お待たせ。偉いなぁ、ちゃんと座って待ってたな」
 くしゃくしゃとラッシーを撫でた。フェンスに繋げていたリードを外し、ラッシーと共に家へと戻った。
 家に着くと、ラッシーの足を洗い、買った物を冷蔵庫に詰めた。一息吐いて、シチュー作りに取りかかった。一度ルーから作ったことがあったが、かなりの時間を要した為、今では専ら市販のルーに頼っている。食材を切り終えれば面倒な物は殆どなくなったに等しい。
 食材を鍋で煮込む間、ささっと風呂を洗い自動に湯が溜まるようボタンを押した。時折鍋の灰汁をとりに戻り、テーブルをセッティングした。とは言っても、ランチョンマットを敷きスプーンと箸を並べただけだ。
「サラダ嫌いなんだよなぁ」
 そんな言葉を漏らしながらも簡単にサラダを作った。健康に気を使ってか、母や姉が煩いのだ。
 シチューなどを仕上げ、一度火を止めた。音楽が聞こえてきたのだ。着メロからして聖の姉だろう。ポケットから携帯を取り出し、メールを確認した。後三十分程で家に着くそうだ。
 三十分位ならと思い、皿に盛らず、キッチンを出た。やるべきは洗濯物だ。
 全て畳み終えると衣類を在るべき場所に運んでいく。
「ていうか俺、女の下着見放題じゃん」
 母だろうが姉だろうが関係なしに、洗濯物を片付けるのは聖だ。わざわざ、可能性の低いパンチラを見るよりずっと楽に堪能できる。今まで気が付かなかったのは、食指に働きかけてこなかったからだろう。やはり、見せつけているよりも、偶々見てしまったという方が価値があるのだ。見えなくともワクワクとした期待を持てれば、それだけで楽しかったりするものだ。そもそも、肉親にそんなの感情を持ち合わせていなかった。


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何時書き終わったか不明w
とりあえず、このページを作った日にしておきました。


07/25/10