お兄ちゃんと一緒 (日坂)
スキなモノはゆずれない。欲しいモノは絶対に手に入れたい。そのためだったら、ボクはなんだってする。それがボクのモットーだもん。
だから、大スキなお兄ちゃんと離れるのはイヤなの。生まれるのがちょっと遅かっただけで、学校も学年も違う。それがボクは心配でならない。だってあんなにステキな人、他にいないもの! 取られたらどうしてくれるの。
「ゆーくん、この問題とけた?」
となりの席のさっちゃんが教科書の問題を指した。問一から三までが今やらないといけない。ちょっと理解すれば、数字を足したり割ったりするのは簡単。
「三番? これはね、ここの四と九をかけて、これで割ればいいんだよ。ちょっとイジワルな問題だったから、ボクも最初わかんなかったんだよねー」
「そっか! ありがとー! ゆーくんって頭良いよねー。わたし算数苦手だから……」
さっちゃんはしょんぼりした顔でノートに数字を書いていた。ここはなぐさめるべきなんだろうなー。
「でもさっちゃん社会でいつも満点じゃん! すごいよ!」
「そうかな? えへへっ」
テレたように笑うさっちゃんはかわいいと思う。さすが、クラスの中で一番かわいいと言われるだけはある。ボクだって興味はないけど、かわいいとは思う。
左耳を心地よい声が満たした。お兄ちゃんの声。いつだってお兄ちゃんの側に居たいけど、ボクにも学校があるから。お兄ちゃんのケータイにつけたキーホルダー型のトーチョーキで声を聞いてる。ボクだってプライバシーは守るから、映像で見たいけどガマンしてるんだ。
イヤフォンもワイヤレスで、ホチョーキみたいになってるから髪に隠れて見えない。前に一度先生に怒られたことがあるから、バレちゃいけないんだと思う。
「はい、じゃあみんな解けたかな? 黒板に書いてくれるひとー?」
みんないっせいに手を挙げて、ボクも負けじと高く手を挙げた。
放課後、今日はちょっと早く終わる日だから帰ってもお兄ちゃんは居ない。途中までトモ君と帰った。トモ君はボクのお家より二つ前の角を曲がるとある。たまに遊びに行くけど、今日はお兄ちゃんが学校からすぐ帰ってきてくれるみたいだから遊ばない。
カギっ子のボクはお家につくとリュックからカギを出してドアを開けた。
お母さんもお父さんもお仕事で夜にならないと帰ってこない。でも、それまでお兄ちゃんが居てくれるから寂しくない。むしろ、お兄ちゃんが帰っちゃう方が寂しい。お兄ちゃんち、隣だもん。一緒に住みたかった。
「ただいまー」
誰もいないけど、あいさつはキチンとしなってお兄ちゃんが言ってたから。
リュックを二階のボクの部屋において、一階の洗面所で手荒いうがいをした。リビングに行って、そのまま台所に入る。目的のジュースとお母さんが昨日作ってたプリンを冷蔵庫から出してテーブルにおいた。イスに座ってテレビをつける。
この時間ってドロドロしたドラマか昔やってたヤツの再放送、それかニュースしかないんだよね。ドラマ見てもつまんないからニュース見よ。
一緒に出したスプーンでとろとろのプリンをすくってパクっと食べる。甘くて、固体と液体の中間あたりがたまらなくおいしい。お母さんはプリン作りの天才だと思う。
ニュースをBGMにしながらお兄ちゃんの声たぶんお兄ちゃんのクラスメイトの声を聞く。お兄ちゃん以外の声はじゃまだしウルサイ。何でボク以外としゃべるんだろ? 授業中なんだから、他の人はだまって欲しい。
ムカムカしながらプリンを食べてたらいつの間にかなくなってた。
ジュースを飲んで、プリンのカップだけ流しに運んだ。お水でつけといて、後でまとめて洗えば良いや。
お兄ちゃんが帰ってくるまで後二時間もある。
テレビの近くにある三人掛けのソファーにごろんと寝っ転がった。足下にあるタオルを口元まで被る。片耳だったイヤフォンを右にもつけて目を閉じた。
このタオルはお兄ちゃんが昔使ってて、今もうちにくると使ってるからかすかに匂いが残ってる。耳にはたまに聞こえてくるお兄ちゃんの声。しあわせだなー。
水が流れる音とトントントンと何かを叩く音が聞こえてきた。どうやら、いつの間にか寝ちゃってたみたい。台所から誰かの気配がする。たぶんお兄ちゃんがお夕飯の準備してるんだ。
お兄ちゃんのご飯なんて、僕ら家族とお兄ちゃんの家族以外食べたことないんじゃないかな。本当は、ボクだけが食べたいけど、お母さんたち働いててお夕飯作る時間がないし、仕方がない。
ボクは起きあがって台所に向かった。
「何か手伝うことある?」
ピーマンを切っていたお兄ちゃんは手を止めてボクを見た。
高校に入って、お兄ちゃんのキレイな黒髪は、それでも十分ミリョク的だったのに、茶色く染められた。何度か染め直されて少しぱさついてる。お手入れさぼってるな。それでも、ちょっとパーマがかったショートヘアはお兄ちゃんに良く似合っていた。
ほんの少し丸い鼻と奥二重の丸いおめめ。いつ見てもかわいい。薄くも厚くもないくちびるはいつだってチューしたくなる。
「起きたのか。ただいま、ゆー。テーブル準備してもらえるか? 今日箸だけだから」
「わかった!」
台布巾を流しで軽く洗ってしぼる。それを持ってすぐ目の前にある四人掛けのテーブルに行った。新聞や手紙を脇に寄せて、表面を拭いた。布巾を流しで洗い直して邪魔にならないところにおく。それから箸置きからお箸を取って、二ゼン、テーブルに向き合うように並べた。
「飲み物何がいい?」
フライパンで野菜とお肉を炒めてるお兄ちゃんに棚から出したコップを見せながら聞く。
「コーラ」
こっち見て話してくれない。ボクを見て言って欲しいのに。見てくれないなんてヤだ。
「……お兄ちゃん、こっち見て言って」
フライパンなんて見てないでボクの方向いてよ。モヤモヤしたものがお腹にたまる。それがいっぱいになるとムカムカに変わっちゃう。そんなのイヤなのに。
「……コーラ注いでもらえるか?」
今度は手を止めて、こっちを見てくれた!
目は優しくて、雪みたいにモヤモヤが溶けてなくなった。お兄ちゃんはやっぱりすごい。
「うん!」
冷蔵庫から取り出したコーラを片方のコップに注いで、ボクのはオレンジジュースにした。
ボク、タンサンってちょっと苦手。ノドまでシュワシュワするんだもん。少しそれが痛い。
二つのコップを両手で持って、テーブルに置いた。後はお兄ちゃんの作ってる野菜炒めとみそ汁とご飯。だから、小皿が必要だ。
コンロの前に立っているお兄ちゃんの後ろにある棚にお皿はある。そこから二枚とってまた並べた。そろそろできそうだからご飯も盛っちゃおう。
引き出しからしゃもじを取って水で軽く濡らした。棚からふたっつお茶碗を出して、炊飯器の側に置いておく。炊飯器を開けるとむわーっと白い煙が出た。さっさと軽くご飯を混ぜて、お茶碗にいつもと同じ量のご飯を入れる。
お兄ちゃんのはボクの倍。お茶碗もお兄ちゃんの方が大きい。ボクのはまだ子供用で、早くお揃いのお茶碗にしたい。いっぱい食べるようになったら代えてくれるかな?
「それ運び終わったら、サラダも運んどいてくれないか?」
野菜炒めを大皿に移しているお兄ちゃんがボクに言った。もちろん断るわけがない。ボクは急いでお茶碗を運んで、調理台に置いてあるトマトとレタスとキュウリの入ったお皿をテーブルに持っていった。塩がかかってるのがお兄ちゃんので、マヨネーズがボクの。
お兄ちゃんが大皿とおみそ汁を運んでくるとボクはイスに座った。準備ができたからご飯の時間だ!
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残りはお兄ちゃんと一緒本編?でお楽しみください!
ぶっちゃけて言えば病んでるのか病んでないのかよく分からないw
病んでるといいな!