大学に入ってすぐの新歓で俺、橋本啓人は市原雄也と出会った。
 天文サークルで、大して興味はなかったけど、新しくできた友人に付き合いで行った。正直な話、ただの飲みサーだろうと思ってた。実際は緩いが定期的に天体観測には行っていたし、なんとなく参加もするようになっていた。
 それは、雄也といるのが楽しかったからだ。
 趣味が合うわけでもないが、傍に居るのも話を聞くのも胸が高鳴った。
 上京してきた俺の家に何度も泊まって、映画を見たりゲームをやったり。二人で別々のことをして過ごした日もあった。なんとなく同じ時間を共有して、何時の間にか付き合うことになった。
 男同士で友達という枠を超える必要はないと思ったけど、雄也に言われてつい頷いてしまった。
 それが今年の春の話。去年のクリスマスは友達として、今年は恋人として二人で過ごす約束をした。バイトは早番にしてもらって、夜から明後日の昼まで空けている。それくらい楽しみにしているし、期待もしていた。
 もうすぐそのバイトも終わり、ようやく買い出しに行ける。今まで自炊をしてきた成果を見せつけてやるつもりだ。何度も手料理は振舞ったけど、今日はそれなりに凝ったものを作る。ケーキは向こうに頼んだから、俺は料理を作って待てばいい。
「橋本、上がっていいぞー。もう時間だろ」
 チラリと時計を見るふりをして、既に把握している時間を再度確認する。
「はーい。お先に失礼しまーす」
「おう、お疲れ」
 一礼して更衣室に戻った。手早く支度し、私服に着替える。ものの数分でバイト先を飛び出し、近所のスーパーを目指した。
 早足で店に着くとコートのポケットに入れていた、びっしり書かれたメモを参考に買い物籠を重くしていく。二人で食べきれるか不安になる量を買い込み、会計を済ませた。
「……重っ」
 両腕に食い込むレジ袋は帰る頃には痕になっているだろう。いつもの道をスタスタ歩く。まばらに前を歩く人を追い抜かし、そこそこ新しいマンションに辿り着いた。エレベーターで三階に上がり、降りて二つ目の扉の前で荷物を置き、鍵を開けて自分の家に入る。
「ただいまー」
 静かな部屋に俺の声が響いた。荷物を持ってキッチンに向かい、すぐには使わないものを冷蔵庫に入れていく。小さなそれには、予想通り入り切らず野菜は袋ごと床に放置する。
 手を洗い、計画に沿って調理を進めた。約束の六時半まではまだ時間があり、急ぐ必要はない。だが、逸る気持ちを抑えきれず、いつになく動作は早かった。
 ビシソワーズ用のじゃが芋をすり潰しながら、俺はふと去年のクリスマスを思い出していた。


 今回もメニューに入れたが、適当に買ってきたピザとチキンを俺の家で齧り付いた。年齢は達してなかったけど、ゆるい店で買ったビールとチューハイでほろ酔いになった俺たちは流れで恋愛の話になった。
「つーかなんで俺ら二人でクリスマス過ごしてんだよー。お前なんて特にモテモテじゃん! おかしいだろー。彼女はどうした彼女は!」
「この一年居たり居なかったりしたけど、居ない時のが短かったな。まぁでも、クリスマスくらい可哀想な友達と過ごしてやらないとなってさ」
「うっわ! うっわっ! どうせ俺は一回しか付き合ったことありませんよーだ!!」
 雄也の言葉はその通りで、殆ど女の影がなかった時はない。いつも側で彼女からのライン通知を見ていた。そうまめに返すではないのに、なぜかモテるし、別れる時は泣き崩れられてもいた。
 雄也が浮気したっていうのに別れたくないと言うのだ。
 そう、雄也はかなりの浮気者だ。というか、下半身が欲望に忠実で貞操観念が無いに等しい。お付き合いと銘打った関係のある中で浮気を告白されない方が少なかった。
 曰く、『女の子がオレを求めてくるんだよね……』らしい。頭がおかしいとしか言い様がない。
「別に付き合った数が多ければ偉いわけでもないんだし。まぁ、ヒロはもう少し経験積んだ方がいいと思うけど」
「積みたいと思って積めるモノじゃないんでね」
 齢十九にして未だに合体経験がない。けれども、そこに至るまでの行為はしたことがある。元カノが『やっぱり怖い』と言うからギンギンに高まった己を何とか慰め、その日は終わった。
「また紹介しようか?」
「お前目当ての子紹介されても嬉しくないから。結構です」
 以前紹介されたときは完全に雄也狙いでいっそ清々しかった。分かりやす過ぎて、なぜこの子を連れてきたんだと言いたくなった。
「ヒロならすぐ彼女できそうなのに、なんで居ないんだろ〜。オレなら付き合うのに」
「俺が思うにお前が俺の隣にいつもいるからかな」
「なにそれ! オレの所為にするなよな〜」
 百パーセント、霞んで見えるのは雄也の所為だ。サークルに入るきっかけとなった張本人の佐々木にも、哀れんだ目をされながら言われたんだ間違いない。
 それにしても、うちに入り浸ってるくせにどこで彼女作ったりする暇があるんだ? 同じ時間を生きている筈なのにおかしい。
「なぁ、雄也の一週間のスケジュール言ってみて」
「なんで? 気になっちゃう?」
「気になる気になる。だから教えて」
 適当にあしらい、話を続けさせた。
 乾いた喉を癒すべく、ズズッとテーブルにおいたコーヒーを飲んだ。温くなってもミルクの入ったコーヒーは美味しいかった。
「うー ん。今週はね、月曜日に朝から昼までバイトして、午後から必修出て、帰りにヒロんちよって泊まったじゃん。火曜日は朝の必修に出て、午後はマキちゃんに誘 われてホテル行って、帰りにまたヒロんち寄って飯食って帰って寝たね。水曜日は昼番で、ラストまで入ったから帰って寝た。木曜は二限から学校行って、ヒロ んちよって、ラインでユカリちゃんに誘われたからホテル行ってそのまま泊まったんだよね。金曜日は早番で、学校行ってヒロんちよって、そのまま泊まった ね」
 何気にちゃんと大学行ってるのが偉いなおい。地味にバイトも入れてるし……。よく身体持つな……。 「で、今日は朝からヒロんちじゃん。後一時間くらいしたらバイトがラストまであって、その後チナミちゃんに誘われてる〜。あ! 明日もまた来るね? 今日と同じ時間からバイト入ってるけど」
「お前家帰って休めよ」
「え、そこまで忙しいスケジュールじゃなくない? 水曜とか爆睡だったし。ヒロんちに着替えとかおいてあるからもう家みたいなもんだよ」
 そうなんだ。なんでか分からんが、いつの間にか布団一式と着替え数日分がこの狭い部屋に置かれている。たまに自分で洗濯して干してるし、俺のもやってくれるもんだからなんにも言えない。
「ほんと忙しい時とか全然ヒロんちこれないし。バイトも遊ぶ金稼いでるだけだから、減らしても大丈夫だし。ホテルとか行くとなんか払うって言ってるのに、いつの間にか先に払われてるんだよね。男としてはオレが払うべきなのに……」
「俺以外とは殆どホテルでナニして遊んでんだもんな。週二でも十分だろお前」
「そうなんだよね! だから貯まる一方で……。今度どっか外で遊ぼうよ。奢るから」
 さも良いアイデアとばかりに笑顔で提案され、奢りならば断る理由もなく男二人のむさ苦しいデートの誘いに乗った。
「おー、楽しみにしてます」
「何がいいかなぁ。最近公開された映画がはやってるみたいだからそれ見に行くのでもいいかもね。その後ご飯食べてー。楽しみだなぁ!」
 クリスマスだってのに男二人で出掛ける予定立てて何が楽しいんだか。雄也が一人テンションを上げているのを見て、苦笑を禁じえない。ただ、奢りならば幾らでも付いて行っても損はないので、楽しみにしていようと思った。

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浮気癖がある男に好きになられて好きになっちゃってあら辛い……という感じです。