それは夏休みも半ばに入ったころ、ばあちゃんちに泊まっていた時だ。おれ、志都秋一はその日は信じられない夢を見た。清兄とおれがいつも以上に触れ合って、遊びじゃないキスをして抱き合っている夢だ。ただ抱き合ってるだけじゃない。裸で、清兄のアレをおれが受け入れていた。男なら自分がする側でもいい筈なのに、夢くらいおれの自由であっていいのに。
 目覚めるには遅すぎたのか、夢では果ててなかったはずが、起きたら下着は穿けないくらいぐっしょりしていた。慌てて起きてこそこそと下着を洗った。
 いつもと違い罪悪感を覚えながら、今日も清兄に会いに神社に行く。
 数年前まで村だったこの町の一番お大きな建物だ。山の長い階段を上がると、箒で境内を掃いている清兄がいた。
「清兄!」
「ああアキ、おはよう。今日も元気そうでよかった」
 清兄こと宮守清明が手を止めておれに微笑んだ。綺麗な清兄にほっこりするはずが、夢を思い出していたたまれなくなる。
「どうしたの?」
「なんでもない! おれ、宿題やってくる!」
 普段ならもっと、それこそ清兄が急ぐくらいにしつこく話すのに今日に関しては無理だった。変に思われたりしないか心配になったけど、駆け足で清兄の部屋に向かう。
 部屋に入った瞬間、清兄の匂いが肺いっぱいに広がった。魅力的なベッドに、悪魔が囁く。ダメだと思っても身体がそっちに引き寄せられた。
「あー、清兄の匂いだー……」
 ほっぺをスリスリしたくなって、顔を布団に押し付ける。本物の方が全然気持ちいけど、今はこれで我慢だ。我慢と思いつつ本人にはやれる気がしない。
 めいいっぱい堪能して、夏休みも半ばに入り殆ど終わってしまっている宿題に取り掛かる。立て掛けてある折り畳みの机を出して準備を整えた。
 面倒なものは先に済ませてあるから、後はひたすら理科や社会のドリルを埋めていくだけだ。
 理科に関して言えば何度も同じ単語を書かせるだけで、漢字の書き取り練習みたいになっている。細胞膜とか葉緑体とか一学期の復習ばかりで文章をじっくり読まなくても答えが分かるから、だらだらしながらでも楽チン。
 飽きたら清兄のベッドでスマホをいじったり、清兄の本を読んだりまるで自分の部屋状態。清兄はまだ大学生だけど、実家の仕事で忙しいから昼休みとたまの休憩の時にしか来てくれない。暇を持て余す時間が日に日に長くなるのが少し不満だ。仕事を邪魔したいわけじゃないからそんな事清兄には言わないけど。
「あー、理科もうあと十ページもなくなっちゃった……。明日はゲーム持ってこようかなぁ」
 残りのページ数を考えると理科も社会も明日にはどう考えても終わってしまう。毎年のことだけど、なんとか薄く長く伸ばそうとしてる宿題は暇つぶしにはちょうどいいのに夏休みの日数を考えると全然足りない。おかげで予習も捗るけど、勉強がすごい好きなわけじゃないから強制的にしてくれないとだめなんだ。
「お茶もらいに行こうかなぁ」
 やる気もなくなってきたし、気分転換しよう。  麦茶を求めて台所に行く。この家はほとんどみんな何かしらの仕事をしてるから日中は猫のシロとクロしかいない。神社は大きいし、ここの人は信仰心が篤いから参拝者が多い。おばさんもおじさんも忙しくて夕飯どきにようやく挨拶ができる。
 お昼は清兄が用意してくれるしおれはだらだら過ごしてて……考えなくてもダメなやつだ。それでいいって言うから宮守家の言葉に甘えてる。
「でもおれが作るより清兄が作った方がご飯おいしいんだもんなぁ」
 清兄は本当になんでもできるし、おれが気付く前に全部やってしまう。気にしないでって言ってくれるけど、おれもなにかしなきゃって気持ちになる。なにもしたことないけど……。
 台所でコップに氷と麦茶を入れてこぼさない様に慎重に部屋に戻った。満たんに入れすぎて、怖くなったからひとくち口に含むとひんやり冷えた麦茶がスーッと今で落ちるのが分かる。
「んーっ、冷たい」
 暑いからこれくらいの方が丁度いい。チリン、チリンとなる風鈴の音も涼しさを誘う。熱にやられていた頭がすっきりして、やる気が戻ってきた。
 清兄が来るだろう時間まで残り一時間ちょっと。後のことは考えずに宿題を進めちゃおう。
 なんら難しい問もなく、社会のドリルの最終問題が解き終わった。丸付けも簡単で、ひたすら赤ペンで丸を書いていく。ドリルを閉じるとまた別のドリルを解き始めた。この調子で行けば今日中には終わってしまう。
「うーん、終わらせちゃおっかなぁ」
 ちんたら進めるには少なすぎた。明日はゲームの日にしよう。そしたら時間はつぶせるはずだ。
 理科を数ページ進めたところでコンコンとノックの音が聞こえた。ドアが開くとお盆を持った清兄が入ってくる。
「宿題は進んでる?」
「うん! 今日中には終わっちゃいそう」
「まだ半分休みが残ってるのにアキは偉いね」
 笑顔で褒められて、嬉しいのと恥ずかしいのでいそいそと机を片付けた。綺麗になった机に素麺と氷の入った底の深い大皿が乗せられる。汁とお箸を受け取って手を合わせた。
「いただきます」
「召し上がれ。簡単なのでごめんね」
「ううん。おれ素麺好き!」
「よかった」
 ちゅるんと啜った素麺はひんやりしておいしかった。箸は止まらずどんどんおわんの中の汁が少なくなっていく。
「足りなかったらまた作るから。急がなくていいよ」
「お腹すいてたみたい。おいしくって止まらないや」
「おつゆ足りる? 持ってこようか?」
 ちょっとした事にも気付いてくれる清兄にキュンと胸が高なってしまう。ドキドキが止まらなくて、食べるスピードががくんと落ちた。
 冷静に考えて、好きな人のご飯がおいしくって食べてるってすごい……。今日は素麺だけど、時間があったからって手の込んだご飯も作ってくれるし。たまにおれの好きなクッキーも焼いてくれて……。今まで単純に食べれることが嬉しくて喜んでたけど、それとは違う嬉しさがこみ上げてくる。
「だ、いじょうぶ。なんか、お腹いっぱいになってきたし……」
「ほんと? いつもより少ない気がするけど、体調悪かった?」
「体調はいいよ! 大丈夫! なんか一気に食べすぎちゃったみたい」
 心配そうに見つめてくる清兄に申し訳なくて、まだ一人分くらいある素麺を掬った。笑顔をつくって素麺を啜ると清兄もほっとしたように食事を再開した。おれみたいにズズっと啜らないで、小さく取ってちゅるっとかわいく食べている。
 清兄の動作一つ一つがかわいく見えてきて、どうしたらいいか分からない。叫んじゃいたいくらいかわいい。そんなこと一度も思ったことなかったのに。好きって気づいたらもうだめだった。
「無理しなくていいから、食べれる分だけ食べなね?」
「うん、清兄もたくさん食べてね」
「ありがとう。私ももうたくさん頂いてるよ」
 昼食が終わって、まだ少し休憩が取れるらしく、清兄と部屋でのんびりとしていた。ついつい癖で清兄にくっついてしまって、離れるのも変に思われるからドキドキしながら肩に頭を乗せる。
「今日ははどう?」
「宿題ずっとやってて今日明日には終わっちゃう。どうしようかなって」
「そっかぁ。偉いね」
 よしよしと遠い方の手で撫でてくれた。恥ずかしくて肩口を頭でぐりぐりしてしまう。
「清兄は?」
「私は、うーんどうだろうね。卒論の準備はしてるけど、まだ焦る程じゃないし。ああ、でも春からお世話になるところは決まったよ」
「お世話? 何、どっか行くの?」
 すごく嫌な予感がした。清兄はずっとこの神社に居るものだと思ってたから。心がざわついて、覗くように清兄の目を見た。
「うん、少し修行にね。他の御宮で勉強させて頂くんだ」
「……どれくらい行くの?」
「そうだね、春休みから行くことになって少なくとも三年は向こうにご厄介になるつもりだよ」
「それって、お休みとかに戻ってくるの?」
 ぐらぐらする。目の前が真っ暗になってしまいそうだ。
 ああおれ、悲しい顔しちゃってるんだろうな。清兄が少し困ってる。困らせたくなんてないのに。
「神職に休みはないからね。長くても二日とれるかとれないかだろうし……」
「そう、だよね……。修行だし、忙しいよね……」
 来年この町に来ても清兄は居ないんだ。おれも高校受験あるけど、それでも清兄がいるから来ようって思ってたのに。

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再開モノになるのでしょうか……。今回は念願のアレができました!