すっきりと晴れ渡った空は澄んだ青色に小さな雲の白がしっかりとした輪郭をもって綺麗に映えている。
そんな青空の下に広がる街の建物は赤色にベンガラ色の屋根、落ちついた色合いのクリーム色に桜色の壁面がレンガ造りの趣ある建物と共に並んでいた。
街の広場には噴水があり、飛び散る水が陽光にあたってキラキラと光っている。
色彩豊かな街並みはどこか落ちついた雰囲気を持っている。そんなライヒファーベンの街は今、噴水周りを中心に人々の活気ある声で溢れかえっていた。
ここは魔術が反映する国ストレーガランド。
三年前に先王ディガレドラントと皇太子エファルディアスが国の代表を交代したばかりの魔術国である。
わずか二年程で大きく成長を遂げ、国内は安定の道を辿っている。
魔術を基本として成り立っている国だったが、近年他国の農業技術や、科学域という科学が反映している国々から自国に合いそうな技術などをどんどん取り入れて、今なお穏やかなペースでもって成長を続けている。
「ううん、やはり森から畑、街への水回りをもう少し改善して裏路地の衛生面を……」
精悍だがどこか甘いマスクを持った背の高い青年が、石造りの大通りをゆっくりとした足取りで一人考えこむように歩いていた。
青年の名はエファルディアス=シュヴァリエ=ストレーガランド。何を隠そうこの国の現国王である。
父親の後を継いで王となってから、引き継ぎや差し迫った問題を一年半ほどで片づけ、国内がだいぶ安定した最近はこうして頻繁に街を見て回っては改善部分を見つけて持ち帰るということをしていた。
彼は騎士としても有名であり、騎士大会の時は自ら参加者に混じってその実力を披露している。
王として、騎士としてある程度知られているとはいえ、普段公の場では正装や騎士装をしているため、街を回る時のラフなシャツとパンツ姿では気が付かれることはそうそうなかった。
彼は室内に籠っての仕事があまり好きではなく、書類仕事などの仕事はいつも敏腕宰相に押しつけている。
よく愛馬と共にこっそり出掛け、その度に後々ばれて小言を貰うことはもはや日常になりつつあった。
エファルディアスはいつものようにこっそりと街の視察を終わらせ、朝市で買った新鮮なレタスに海老とたまご、カッテージチーズの挟まったパニーノをパクつきながら城へと続く道を歩いていた。
彼が歩いている石造りの道は綺麗に舗装されていて歩きやすく、削りだされた岩石の持つ独特の風合いが街の建物と上手く調和して趣ある街並みを生み出している。
エファルディアス――エディアが歩いている城への道はビガストラーダという大通りなのだが、市場がある朝の時間帯は街に住まう多くの人々が市場で各々お店を出したり、買いものをしたりしているため、噴水広場から離れたこの通りは普段とは違い静かなものであった。
時折聞こえる小鳥たちのさえずりが、エディアにはまるで少女たちのおしゃべりのように感じられ、楽しげな様子に思わずふわりと相好が崩れた。
鳥たちのさえずりを聞きながら、普段は賑やかなこの通りの事を考えると滅多に聞くことのできない貴重なバードトークだな、と思う一国の主であった。
少し離れた広場方面から人々の活気ある声がわずかにエディアの耳に届く。
この朝市が開催されている街が彼は大好きだった。
彼が城内へと戻ると、この国の宰相であるディルク・アルバーンがこめかみをピクピクと引きつらせながら怖い顔で彼を出迎えた。
「また、共も連れずに“お散歩”ですか陛下」
「ああ、まだ終わってないけどな〜」
ディルクは嫌みを込めてエディアの街視察に苦言を呈する。しかし、ディルクの嫌みなどものともせずにのんびりとした、どこか楽しそうな口調でこれからまた出掛けるということを暗に告げてくる。そんなエディアの言葉にディルクの表情はさらに引きつりを見せる。
「もちろん、共は連れて……」
「行くと思うか?」
エディアの爽やかな笑顔にディルクの言葉はさらりと遮られる。毎回似たようなやりとりがこの二人の間ではなされている。
「……はぁ。……どうぞお気をつけて」
エディアの言葉に説得して共を連れて行かせようということは諦めたのか、ディルクは脱力したように肩を落とした。
この国の王はいつもこう、なのである。
危ないから共を連れて行けと言っても大丈夫だとまるで聞く耳を持たない。
確かに、カイザーナイトとしての実力は十二分にあるため滅多なことでもない限り、まず怪我を負うということは無いと言ってもいいくらい強い。しかし、万が一ということもあるからこそ一人でいいから共を連れて行ってほしいと宰相のディルクは考えているのだがそれが叶ったことは一度もない。
各地に赴いては問題を次々と解決し、国を豊かに安定、成長させている手腕とカリスマ性にはいつも感心するばかりであったが、一人だけで出歩くこの行動ばかりは簡単に受容することはできなかった。
「ああ。あー……子猫はどうしている?」
部屋に戻って着替えようと思っていたエディアは“愛猫”のことを思い出して後ろを向きかけていた身体の正面をディルクに向け直す。
確か、まだ俺が起きた時はぐっすり寝ていたな……などと朝方自分が起きた時のことをエディアは思い出す。
「彼なら、まだベッドの上で布団に包まっていましたよ」
ディルクはエディアが出掛けた後に様子を見に行った時の様子そのままの光景を彼に伝える。
――彼ならぬくぬくと温かい羽根布団に包まって眠っていましたよ、と。
「ははっ、そうか!」
それを聞いたエディアは、愛しい彼がどんな風に眠り続けているのかが容易に想像できたのか、想像した絵面が面白かったらしく、愉快気に笑い出した。
起きているなら一緒に連れて行こう、と考えていたエディアであったけれど寝ているなら寝かせておこうと思い、寝室ではなくその隣にある衣装部屋へと向かっていった。
衣装部屋に立ち寄ったエディアは街に出かける用のシャツと、綿素材のミリタリーカーゴパンツにベストという軽装から、狩りなどの時に着ている洋服へと着替えを始める。
どうやらエディアは着やせする性質らしく、シャツの無くなった彼の上半身は厚い胸板に覆われがっしりとしている。
剣術と馬術、武術で鍛えられた体躯からは色気が滲み出ていて、割れた腹筋がちらりとシャツの隙間から覗く。
短いベージュのマントに銀の縁取りが付いた青いチュニック、少し厚めの生地で作られた黒のカーゴパンツに、ベルトが巻かれたようなデザインで色はダークブラウンの丈夫な革製ブーツに着替えを済ませて部屋を後にした。
エディアは森へと続く道に繋がる城裏へ足を進め、指先が露出している手袋を慣れた手つきで嵌める。城裏の門前に辿りつくと待機していた賢い愛馬が顔を擦りつけてくる。
「シシィくすぐったいぞ。」
愛馬の親愛の情を示す行動に鬣を撫でることで応えると、エディアはふわりと鞍の上に乗って愛馬と共に走り出していった。
宰相は城内で政務を、王は外で視察を。
ストレーガランドは今日も平和であった。
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