「ああ、お労しい……旦那様や奥様が今のお姿を見られたらなんと仰るか……」
「もちろんかわいいねって言ってくれるに決まってるよ」
 赤い頭巾を思わせるようなショールを被り、白いワンピースとその下にボリュームのあるパニエを穿いて、竜は鏡を見ていた。アッシュブラウンのウィッグは竜の腰ほども長いが不自然さは少しも感じさせない。
 誰もが振り返るようなかわいらしい顔をした竜にはとても良く似合っていた。ニキビ一つない綺麗な頬に化粧を施していくと一層そのかわいらしさを引き立たせた。
「うん、今日の僕もかわいい」
 鏡の自分ににこりと笑を送り、せっかくの美貌を黒いマスクで隠してしまう。
「健斗、準備できたよ。いつまでそんな泣いてるようなポーズとってるの? 早くして」
 健斗と呼ばれた乱れ一つないオールバックの青年は、竜に見劣りしない容貌をしていた。スラリと長い手足は欧州のスーツが喜んで着られている。
 竜はこれから健斗に自分の写真を取らせようとしていた。三脚はもちろんこの広い家にあったが、一人で撮影となるとどうしてもアングルが限られてしまう。そんな時にいつも側に居る使用人はぴったりだった。健斗にやらせてみれば、竜のかわいさをより引き出してくれるなかなの写真を撮ってくれた。それ以来竜はプロに頼む以外は、もっぱら健斗に撮らせている。
「この服だって父様と母様がくださったの知ってるくせに」
「旦那様と奥様は良いのです。男子高校生である竜坊ちゃんがそのようなお召し物を着るのはいかがかと……」
「だってかわいいでしょ? 学校でも僕かわいいって有名だし」
 竜は小中高大まである一貫校に通っているが、中学までは完全な男子校で、高校で共学となったが別学のため、滅多なこと以外で女子と会うのとはない。つまり、竜をかわいいと言ってくるのはすべて男だ。女子部内でも噂に放っているようだが、きちんと竜の耳に入ってきた訳ではない。
 自他ともに認める美貌を公開しないことこそが罪だと考える竜は家族監視の元、SNSで自身の写真をあげている。しかし、条件としてマスクを付けることを強要された。それはひとえに、ストーカーや誘拐を防ぐためだ。
 過去に二度、竜は誘拐されたことがあった。一度目は数日に渡り家族と離され、二度目は移動中の犯人の身柄を捕らえることができた。身代金目的であればまだ良かったが、竜の容貌に魅入られたことで事件は起きた。当時まだ小学校低学年だった竜は訳も分からぬまま救出された。
 その時の記憶は曖昧で、未だに思い出せずにいる。ただ初めて誘拐され帰ってきた時、健斗が傷付いたような悔いているような表情で泣き出したのはよく覚えていた。
「竜坊ちゃんの容姿が秀でていることは十分に理解しておりますが、もう少し男性的な服装もお似合いになると思いますよ」
「そりゃあ僕はなんでも似合うからね! 今日はちょっとダークな感じでとっていってほしいの。だからほら、お化粧も暗めのシャドー使ってるでしょ?」
 ほの暗い赤ずきん――祖母の家におつかいに行った赤ずきんが見たものは、バラバラになった血まみれの肉塊。村で何人も殺されている猟奇的な殺人鬼の仕業だ。触れた腕はまだ生暖かく、つい先ほど事件が起きたのだと知る。
 服はオーダーメイドで竜が考えたデザインを元に作ってもらっていた。拘りたい道具や小物は買えるものは買って、なければ器用な手付きで自作している。もちろん健斗にも手伝わせていた。
 ベッドに散りばめられた血糊付きのマネキンを掻き抱き、パシャパシャと響くカメラの音を聞きながらゆっくりと動き顔を作る。
 竜はいつも一人で撮っており、複数人を想定した撮影は行えない。それでも設定するモチーフは常に複数人登場する。アングルを調整して誤魔化したり、ものによっては合成してあたかも竜一人ではないかのような画像を作ったりもする。
 いじらずとも魅力的な竜だったが、ここ数年で画像編集が幾分にも上手くなった。そういったセンスは健斗にはないため、あまり役には立たない。だが、三脚としては十分に働いてくれるので満足している。
「また掃除が大変な小物を作りましたね」
「ちゃんと落ちるのにしたから大丈夫じゃない? ダメだったらその時に考えればいいよ」
 準備は竜が行っても片付けるのは健斗の仕事だ。それだけに後のち大変なことになると分かっても、竜なりに気を使ってはいるが、多少無理に実行してしまう。健斗の小言になれてしまったのだから仕方がない。


 昼前に始めた撮影だったが、終わる頃には夕方になっていた。この後にまだ、ちまちまと地道な作業が待っている。
「ありがと健斗。じゃあ次に兄様たち向けのかわいい写真ね!」
 マスクを外し、崩れた化粧を直した。さすがに疲れが出てきたが、竜は家族のためならばと踏ん張りを見せる。
 先ほど撮った写真よりも何倍もかわいい表情とポーズをとっていく。家族にはいっそうかわいいと愛でてほしい。竜は父も母も兄もみんなが大好きだった。
「ちゃんとかわいく撮れてる?」
「竜坊ちゃんはいつでもかわいらしいですよ」
「ならよかった!」
 ルンルンと気分も乗ってきて、写真のバリエーションが増えていく。血塗られた赤ずきんは、見慣れた童話の赤ずきんに戻った。家族思いの優しい優しい赤ずきん。愛くるしい花がよく似合う。
「あ、そうだ。兄様がくださった下着もちゃんと着たよって報告しなきゃ」
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執事×男の娘。
なかなかえっちしてくれない執事に発破をかける話です。