遠い昔の記憶――それはまだルツィアーノが産着替わりの布にくるまれていた頃。見知らぬ青年に拾われ、アドルフのもとへと連れていかれた。記憶が碓かかも分からないが、彼は見違えるほどの美貌を携えていた。何故かそれだけ思い出にあり、友人に言うとその度にからかわれた。ただの面食いで、記憶がすり変わっているだけだと。ルツィアーノも曖昧で、自ら作り上げてしまった妄想なのかもしれないと思い始めていた。  そこから十七年、ルツィアーノの不可思議な生活は続いている。
「アドルフ起きろ、朝だぞっ。今日は会食があるんだろ!」
暖かな毛布を勢いよくアドルフから剥ぎ取った。手足を縮め、小さくなったアドルフは口だけを動かす。
「……うるさいなー起きてるよ。僕は客だから遅れたって良いんだよ……だからもう少し寝かせて」
「何言ってんだ。遅刻は厳禁っていつも言ってるのはどっちだよ……」
 アドルフは小さな手で、ルツィアーノが捲った掛け布団をかぶり直した。アドルフはルツィアーノが物心ついた頃から小さなままだ。十年も前にその身長を抜いている。魔法を商売にしているので、その所為だろうとルツィアーノは踏んでいた。
 あまりアドルフに構っていられない理由がルツィアーノにはあった。後十分もしないうちに家を出なければ、学校行きのバスには間に合わない。  アドルフを初めに起こしてから既に三十分は経っていた。何度も起こしに来ているのになかなか起きようとしないのだ。そもそも起きる気がないのではないかとルツィアーノは勘ぐってしまう。
「アドルフ〜ほんと俺もう時間ないから起きてよ〜」
「――仕方ないなぁ。起きるから。起きてるから。だから学校行っといで。ほらおいで」
 アドルフに顔を寄せたルツィアーノは頬を差し出した。チュッとおまじないのキスを受け、彼にもそれを返す。アドルフ曰く、交通安全や健康祈願、ルツィアーノが覚えるのも面倒な程様々な意味があるという。
「それじゃあ、行ってくるね。ちゃんと起きてよ。朝ごはん準備してあるから、軽くでも食べてって。ちゃんと顔も歯も磨くんだよ! 行ってきます!」
 口早に伝えて、ルツィアーノは部屋を出て家を飛び出した。目指すはスクールバスの停留所だ。
 この小さくて広い町では、車がないとどこにも行けない。だが足を買うにも免許を取るにも金がかかる。なんとか奨学金を得ているが、ルツィアーノの生活費も学費もすべてアドルフ持ちだ。ルツィアーノよりも長く生きているのは知っているが、小さな子供におんぶに抱っこでは心苦しい。
 だがアルバイトをするにも、ルツィアーノの家の近くには何もなかった。一時間以上かけて仕事をするとなると、家事が疎かになってしまう。アドルフは家事が苦手で、そうなると必然的にそれはルツィアーノの仕事になる。今日も帰りに買い物を済ませるつもりだ。小さな町で、加えて町外れの家では生活するのも苦労の連続だった。
「おはよう、ルカ。今日も悲壮感漂ってるね」
「ああ、おはよう。チャーリー」
 途中の停留所から続いて乗ってきたチャーリーがルツィアーノの隣に座ってくる。彼は小学校からの友人で、アドルフのことも何度も話した来た。
「だって聞いてくれよ。今日だって早くに起こしたのに結局ギリギリまで起きてくれないんだ。何にもない時に限って俺より早く起きてくるくせに」
「またアドルフさんか。お前はいっつも振り回されてるな」
「まぁ、家族はアドルフしかいないからね。振り回してくる人間はアイツくらいだよ」
 子供の頃は悩んだが、今ではアドルフがいるだけでいいと感じるようになった。母親の優しさや父親の温かさはアドルフで十分足りている。ルツィアーノに対して意地悪なのが大半だが、アドルフはきちんと優しい部分を持っていた。
 家族のことをチャーリー以外に話すと面倒な思い込みや心配をされる。チャーリーはルツィアーノが本当にそう思っていることを理解してくれた。だからこそ何でも話せる仲になったのだ。常々チャーリーの役に立ちたいと思っていたが、そう思ってもなかなか機会がないのが現実だ。
「そういえば、今日家庭科でクッキー作るんだってさ」
「クッキーかぁ。学校で作るやつなんてどうせ混ぜて終わりのお子様仕様だからな……。おやつ代減るから助かるけど」
「そういう感覚で家庭科とってるのお前だけだと思う」

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ショタじじいが書きたかった!
ショタじじいが触手で責めます。
そのうち後日談書きたいです……。