イリオスが高等学校へ入学したことを機に二人が会う頻度が減少した。それでもイリオスが時間を作ってくれ、隔週で会えるようにしてくれていた。謝るイリオスにふるふると頭を振りイリオスのせいでは無いと、アステルは会える時間を大切にした。
会えた日は必ず抱きしめてたくさん撫でてたくさんキスをしてくれた。アステルはそれだけで寂しかった気持ちが晴れ、会えない日を思い出で慰めた。
しかし、そんな寂しい日々も今日で終わりだ。アステルは真新しい制服に袖を通して王立高等学院の門をくぐった。心なしか視界が輝いて見える。
足取り軽くまだ静かな講堂に向かうと輝く太陽がそこに居た。窓からさす光が彼の美しい金色の噛みを煌めかせ神々しさを増している。
「イリオスさま!」
アステルはイリオスに駆け寄り、まだ少し背の届かない彼に抱きついた。
「アステル、入学おめでとう。首席の挨拶をするのだろう? すごいな。私の星はどこを切り取っても眩しいくらいだ」
「えへへ、ぼく、頑張りました! 立派な王配になれるよう頑張っているんですよ?」
イリオスが褒めてと甘えるアステルの頭を優しく撫でる。そしてその手で首筋にツーっと指をそわせた。ゾクッと背中から下腹部に熱が渡る。とろんと潤んだアステルの目がイリオスのチョーカーを捉えた。
黒く太めの皮のチョーカーは中央に青空を思わせる宝石が輝いている。アステルが婚約後から毎年デザインを変えてプレゼントしているものだ。
まだ綺麗なイリオスの首筋を見ることができる者はもうほとんど居ない。当然そこにキスをしたことがあるのはアステルだけだ。マーキングを願い乞われたアステルは嬉々として跡をつけた。アステルが同じように自分のうなじに跡を望んだのは言うまでもない。
「いい子だ、アステル。ありがとう。だが、無理だけはしないように」
「無理なんてしていません。イリオスさまのお役に立てるならって思うといくらでもできちゃうんです」
アステルが単純に人の三倍も四倍も早く習得してしまうだけで、努力はしたが無理はしていなかった。何よりも大切なイリオスとの時間がいつでも取れるよう、余裕を持たせてスケジュールを組んでいた。去年はその余裕が無駄になってしまうことが多く、結果として知識も剣技も予定を超えて伸びてしまっただけだ。
「それに僕はイリオスさまに会うだけで元気がもらえるので、例え無理をしていたとしてもすぐに元に戻りますよ」
アステルの首筋を撫でた手を取り自分の頬に大切そうに寄せた。少しだけアステルよりも体温が低いイリオスの手は心地よくずっと触れていたくなる。
幼い頃、利き手は駄目でも反対の手ならと書類仕事をするイリオスの左手をずっと握っていたことがあったが、完全に邪魔だったと少し大人になったアステルは後悔はしないが反省はした。
高等学院に入った今、アステルはイリオスの仕事を手伝い少しでも長くくっついていられる時間を増やせないかと目論んでいた。
「私もアステルから元気をもらっている。私の小さなお星さま。早く大きくなって私を受け入れておくれ……」
イリオスの唇がアステルのそれと重なる。嬉しくなったアステルは少しだけ離して、自分からまたそれをくっつけた。甘くて柔らかくて熱い。アステルは多幸感で満たされた。
しかし、それはすぐに終わってしまう。
「ん、んっん」
咳払いが二人きりの世界に介入した。その存在にようやく気が付いたアステルは音の方向を見やり、不満げに頬をふくらませた。
「……アサート兄様、僕たちの邪魔をするんですか?」
「時間を見ろ。これでも譲歩したつもりだ。 もうすぐ集合時間になる。早くしないと最後の打ち合わせができないだろう?」
「私の護衛騎士は文官もこなす優秀な騎士だからな。仕方がない、また後でゆっくり逢瀬を楽しもう」
イリオスがアステルの頬にキスを落としたことで終わりとなった。しぶしぶアサートに従い、本来の目的に戻った。この入学式ではアステルは新入生代表として、イリオスは在校生代表としての挨拶を任されている。それもあり、アステルは他の新入生よりも一時間早く集合時間が設定されていた。
アステルたちは講堂の壇上の袖で教師たちから簡単な説明を受け流れを把握する。立ち位置を確認しているところで開場となったのか、まばらに生徒が入ってきた。座席は決まっているためちらほら席を探す姿が見られた。そんな彼らに在校生らしき生徒がすぐに駆け寄り、手伝いをしている。
「きちんと手配しているから心配せずとも大丈夫だ」
「さすがイリオスさまです。僕のように兄がいないと、どのように入学式が行われるか分からず不安な方も居ますよね」
「二回見ているからそんなに落ち着いていられるのか?」
アステルは兄二人の入学式に親族として見学に来ていた。またグラディウス家三人目の首席入学だったため、兄たちの挨拶を参考に原稿を作った。それ故に何一つ不安はない。
教育の方針上、家族からのプレッシャーは無かったため、三人続いたのはたまたまだった。しかし在校生の中ではそこそこ話題に上がったらしい。
「それは違いますよ。僕がいつも通りいられるのは、イリオスさまが近くにいてくださるからです。イリオスさまは僕に力をくれるって言ったでしょう?」
アステルは隣に立つイリオスの肩にこてんと頭を乗せた。少しだけ見上げて目が合った彼に笑いかける。
「それは光栄だ。しかし、あまりかわいいことを言うとまたアサートに怒られることになりそうだ」
イリオスに腰を抱かれ、その手に力が入ったことがわかった。イリオスが同じことを考えていた事が嬉しくて、アステルは抱きつきたい気持ちをぐっと我慢する。
「僕だって……二人でゆっくりできるまで我慢ですね」
「アステルのおかげで私は随分我慢強くなった」
その言葉で二人はくすくすと笑い合った。
滞りなく入学式を終え、最前列でイリオスのスピーチを聞けたことに満足したアステルは、明日からの授業の説明を聞くため振り分けられた教室に向かっていた。後ろから軽快な足音が聞こえ、トンと肩を叩かれる。
「よっ、首席様。同じクラスだったな、一緒に行こうぜ」
「……せっかくイリオスさまの勇姿を間近で見れてその素晴らしさを噛み締めていたのに……。ぶち壊さないでくれる?」
「なんだよ、酷い言いようだな。俺とお前の仲だろ?」
バラム・アパル・カプリス、赤髪のいかにも溌剌で爽やかな青年はアステルの昔馴染みだった。同爵の家系で同じ騎士の家門ということもあり、集まりごとでは必ずと言っていいほど同じテーブルに座っていたので自然と会話をするようになった。お互い二次性がアルファで、訓練試合はよく決勝戦で当たる相手だった。勝率は七対三でアステルの勝ちだったが油断出来ない相手だ。
「ただの友人と番とでは天と地ほどの差がある」
「それはそうだ。アッハハッ」
バシバシと肩を叩かれがさつな態度にアステルは諦めのため息をついた。
「バラム、君もう少し上を目指せたんじゃない?」
「いやいや、八位は俺にしては優秀だろ!」
上位十名までは優秀者としてクラス分けの掲示の隣に名前が張り出されていた。ほとんどが見知った貴族の名前だったが、数人優秀な平民がいたことを知る。素晴らしいと思うと同時に、もっとやれただろうとこの赤髪に思うのだった。
「自分の評価を見誤ってない? 問題的にも他の上位者の名前からしても、君は少なくとも三位には入る実力があるだろう」
「未来の王配殿下にそう言っていただけて光栄です。しかしながら、運も実力のうち。まさか、歴史の問題で後半の回答全部ズレてるなんてな! アハハッ」
「……バカか君は。いつも見直しをしろと言っていただろ!」
アステルがバラムのことになるとついつい口を出してしまうのは彼か幼い頃から何度も些細なミスを繰り返していたからだ。カプリス家からは何度かバラムを頼むよう言われたことがあり、甘えん坊のアステルが珍しく甘えられない相手だった。
そうこう話している間に教室についた。前方の黒板に貼られた座席表を見てアステルはまた出そうになったため息を飲み込んだ。
「お、アステルが俺の前か! またよろしくな!」
教師が来たところで騒がしかった教室が静かになった。明日からの授業の時間割やいくつかの授業が成績でのクラス分けをされていること、そして剣術・馬術の授業は初日に実力試験が行われること等細々とした説明を聞き、アステルはバラムから離れられそうにないなと諦めた。面倒に感じることはあるが、快活で嫌いになれないのがバラムという男だった。
授業の説明と簡単な自己紹介でこの日は解散となった。
この学院は半数が貴族でもう半数が裕福な家庭の子や学力や剣術に秀でた子らが入ってくる。このクラスの構成も僅かに平民が多い標準的な割合だった。
「アステルも帰るのか?」
「いや、僕はこれから生徒会室に行くつもり。イリオス殿下と昼食を食べることになっているんだ」
「そりゃいいことだ。去年はあんまり会えなくてしょぼくれてたもんな」
笑って友のことを喜んでくれるバラムに、アステルはイリオスに会えない鬱憤を少しだけ彼との剣の打ち合いで晴らしていたことを反省した。
「うん、ありがとう。じゃあ、また明日」
バラムに別れを告げて、アステルは早足気味で生徒会室に向かった。行ったことはなかったが、学院の地図はある程度頭に入っていた。記憶通りの道を進むと微かにイリオスの匂いが感じられた。自然に頬が緩んでしまう。進む毎に匂いが強くなり、アステルの足も早く動いた。
見知った顔の騎士が扉の前に立っている。目礼されると取り次いでドアを開けてくれた。
「すまない、アステル。もう少しかかりそうなんだ。座って待っていてくれるか?」
中に入ると奥にある一人用の机は使わず、イリオスはソファー席で作業をしていた。一度手を止めてアステルと目を合わせて呼んでくれる。
「もちろんです、イリオスさま」
周りを見渡せば騎士がもう一人とアサートが別の机で書類を捌いており、他の生徒はいなかった。
アステルがイリオスのいるソファーに足を進めると優しい声で名前を呼ばれた。
「アステル」
なんだろうと考えたところでアステルは意図に気が付き足を止めた。
「……お隣よろしいですか、殿下?」
「アステルならいつでも歓迎だ」
ストンとイリオスの隣に座りアステルは小声で内緒話をした。
「また怒られちゃうところでした……」
「ああ。またあとで、だな」
ついつい癖でイリオスの膝に座ろうとしたアステルをフッと笑って許してくれる。
「別に私たちしか居ないの好きに座って良いですけどね」
「寛大な言葉に感謝したいところだが、一度緩むとタガが外れてしまうかもしれないからな。やめておくことにする」
「それはいい心掛けですね。まぁ仲睦まじい姿を見せるのもいいと思いますが、程々に」
程々なら良いのかとアステルは爪先をイリオスの靴にくっつけた。するとイリオスが僅かに身じろいで二人の脚の間にあった隙間を埋めてくれる。それだけでアステルはイリオスを待つ時間が短く感じた。
三十分ほどしてアサートがぐっと仰け反り伸びをした。同じくイリオスも筆を置きパラパラと紙をめくった。それが終わると書類をまとめトントンと机を使って高さを揃える。
「終わりですか?」
「ああ。待たせてすまない。城に帰って一緒に昼食にしよう。アサート、君は帰ってもいいぞ」
「ではお言葉に甘えて。アステルはあまり遅くならないように」
はぁいと不満そうにアステルが答えるとアサートは呆れ顔をした。シルトであれば小言を言われるところであった。
イリオスが片付けを終えたのでアステルも帰り支度をする。と言っても自分の鞄を持って立ち上がり、イリオスの鞄を持って開けただけだ。
「何か持ち帰るものはありますか?」
「いや、そのまま閉じて大丈夫だ。ありがとう」
アステルはうんと頷き鞄を閉じる。そして片手で二つの鞄を持ち、もう片方の空いた手をイリオスの腕に巻き付けた。
「じゃあアサート兄様、先に失礼しますね」
「はいはい。気をつけてな」
アサートに気怠げに手を振られ見送られる。
人気のない校舎を並んで歩く。まだ残暑と言うこともあり、きっちりと着込んだ制服は暑かったが、イリオスと離れようとはこれっぽっちも思わなかった。
「うふふっ早くお城に着きたいですね」
「馬車に乗ったら直ぐだ」
「馬車の中はもうお膝でもいいですか?」
「カーテンを閉めれば誰も見てないからな。早く君の重みを感じさせてくれ」
イリオスの甘い声と匂いにアステルは蕩けてしまう。イリオスの腕に体重が乗ってしまったが何ともないように支え歩いてくれる。
「少しだけ、急いでもいいですか?」
「廊下は走ってはいけないからな。少しだけ、だ」
ポーチに止まる馬車まで優雅に、しかし少しだけ早く足を動かした。馬車に乗り込み扉が閉まるとイリオスのお膝はアステルのものになった。アステルは席の真ん中に座ったイリオスの膝に横向きに乗り腕を回して一度抱きしめた。すぐに離れて柔らかなイリオスよ唇に口づける。ちゅっちゅと何度も啄んだ。
「アステル、あーんして」
言われた通りにアステルが口を開けるとイリオスの顔が近づいてきて唇が重なった。ぬるっと熱いものがアステルの舌に触れる。びくっと驚いたものの、甘くて夢中になってそれを舐めた。しかし、勝手に動くそれはアステルの歯列や顎の上を刺激して背中がぞくぞくする。
「んっ」
気持ちが良くて思わず声が漏れてしまう。ゴクッとイリオスの喉が動き、やっとアステルは熱の正体に気付いた。
もっと重ねていたいのに息が苦しくなる。アステルが離れようとするとイリオスの手が頭周りそれを阻止した。
「んっんっ!」
アステルが声を上げると二人の間に一瞬糸が引き、イリオスが離してくれた。
「はぁっはぁっ」
「鼻で息をするんだ。できるか?」
頬が上気して涙目になったアステルに瞳に色気をまとったイリオスが尋ねる。早い呼吸が落ち着いた頃、ゴクッと唾を飲み込んだ。まだイリオスの味が残っていて甘く感じる。
「……イリオスさまのお口、甘くておいしいです」
「フフッ、私にもアステルが甘く感じるよ」
こつんとイリオスの額がアステルのそれにくっつく。アステルにはイリオスの瞳が自分を欲しいと言ってるように感じた。同じ気持ちだと口を開き、また封をしてもらう。
目を閉じれば口内の感触がより鮮明に感じられた。お互い味わうように貪るように舌を絡めあう。甘い唾液をどちらが嚥下するか、取り合いかけてイリオスが引いた。ゆっくりと喉の奥に舌で送られる蜜をアステルが恍惚としながら飲み込む。
「んっ……いりおふふぁま……もっろ……」
アステルはもっと欲しくて強請りくっつくとカツっと歯が当たった。アステルはその衝撃で我に返り身を引く。そしてイリオスが大丈夫だと言うようにアステルの濡れた唇をペロッと舐めた後、鼻をかぷりと甘噛みした。
「残念。もう着いたようだ」
「えっもうですか!?」
「夢中になり過ぎていみたいだな。……ああ、少し落ち着いてから降りようか」
確かに息は多少乱れていたが歩くのには支障がない。何故だろうとアステルが首を傾げると、イリオスの視線が下を向いた。目線の先では硬くなったアステルがズボンを持ち上げていた。
「っ! ごめんなさい!」
恥ずかしくてアステルはイリオスに顔が見えないように抱き着いた。首筋から香る匂いは落ち着くどころかよりアステルを興奮させ、なかなか大人しくなってはくれなかった。
end
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ピクシブにアップしていたのに更新できていなかった……。
もうちょっと続きます。その2
01/20/25