通い始めて一週間の学校に意気揚々と向かっていると突然目の前が暗くなり吸い込まれるような感覚がした。アレステアが驚いていると同じような顔をした同じ年頃の少年が目の前に現れた。
 それが、二人の出会いだった。

 ヴィンセントは今日もアレステアを連れて行ってはくれなかった。宮廷に向かうのはいつもエアリエとフラムの上位精霊だけだ。ヴィンセントが初めて契約したのはアレステアだと言うのに、アレステアは毎日置いてけぼりを食らっている。
 頑張れば頑張るほどに空回りをする上にほとんど魔法が使えないのだから当たり前だ。頭では理解しているが、寂しい気持ちは拭えない。
「はぁ……おれだって手紙の仕分けくらいはできるのに」
 失敗をしてはヴィンセントと家事妖精に叱られるアレステアに仕事はなく、家の中でぼんやりすることしかできなかった。
 アレステアがすることと言えば、昔貰ったお下がりの教科書や本棚に詰まったたくさんの書籍を読むことくらいだ。人間の勉強はだいぶ理解できているが、自身の属性に関してはほとんど皆無に等しい。精霊や魔族なら基礎とも言える浮遊すら人間界に来て十年近く経ってから会得した。
 アレステアに何ができるのか誰も教えてはくれないし、何も期待されていない現実は辛く、居心地が悪い。かと言ってアレステアからヴィンセントに契約解除を求めることはできない。アレステアにとってヴィンセントがすべてだからだ。彼がいない世界をどう生きていけば良いのか分からなかった。
 机に本を開きそこに書かれた魔法陣を羊皮紙に書き写す。腹の底に溜まっている魔力の欠片を巡らせて陣に注ぎ込んだ。一瞬赤く光ったかと思えば線に沿って黒く焦げただけだった。
「初級って書いてあるのに……はぁ」
 魔力の存在は感じることができるが放出の仕方が何度やっても上手くいかない。しかし何度か繰り返していくうちにコツを掴んだのか、ロウソクの火くらいの小さな物がゆらゆらと羊皮紙の中心に灯った。
「ついた!」
 いそいそとロウソクに火を移し、ヴィンセントに見せられるようにする。これで少しくらいは見直してくれるかもしれないとアレステアの頬が緩む。
 ふた月かかった初級火魔法の次は水魔法だとヴィンセントは本のページを捲った。
 魔法陣を書き写しているとアレステアの気配がした。彼が帰ってきたと喜び、急いで玄関に向かう。
 ヴィンセントに勢い良く抱きついたアレステアは顔を上げて彼を見つめながら口を開いた。
「おかえり、ヴィー! 聞いて! おれねっ」
 火魔法の報告をしようとすると口を塞がれた。熱いヴィンセントの舌が甘い蜜となってアレステアの腹に流れる。アレステアの桃色の目は蕩け、腕の力が抜けていく。
「んっ、ありゅ……っ」
 ヴィンセントの長い赤髪がアレステアを隠すように流れ、深い緑の瞳は潤んだそれを捕らえて逃そうとしない。
 彼の腕がアレステアの腰に回っていることでようやく立っていられた。気持ちよさにもっともっとと懸命に舌を伸ばす。アレステアの手がヴィンセントのズボンに伸びたところでアレステアの口が遠のいた。
「……今日はするからそのつもりで居て。あと、ティーナにマント用意しておくように言っておいて」
「んっく……あい……待ってる……」
 勃ちかけていた息子に待てを言い渡し、足早に離れていくヴィンセントを熱を帯びた目線で見送った。呼吸を落ち着けアレステアも玄関から衣装室へと移動する。マントの準備くらいなら自分でもできると判断したからだ。
 衣装室にはアイロン台も置かれており、何度かアレステアも使ったことがあった。
 ヴィンセントが言っていたマントは羽織るだけで宮廷召喚士と分かる物だ。普段から制服を着崩している彼が必要としているということは重要な会議でも開催されるのだろう。
 目についたそれをアイロン台に置き、アイロンが温まるのを少し待つ。本来は当て布をすべき生地だったが、アレステアにそんな知識はなく直接皺を伸ばしていく。
 目線は手元にありながらもどんどん先ほどのヴィンセントとの口づけに意識が取られていった。ギラついたヴィンセントの視線を思い出すと腹の奥がキュンと疼く。この後風呂に入り寝支度を済ませてヴィンセントの部屋に向かうことを考えるだけで期待に下半身が熱くなった。はぁ……と熱い吐息を吐いたが、熱くなったのはそれだけではなかった。彼を思うばかりに手が止まってしまっていたのだ。当然熱したアイロンを一点に置いたままにすれば焦げ付いてしまう。見事にアイロンの形がついたマントにアレステアは声もなく顔を蒼白にした。
「ど、どうしよう……!」
 困った様子のヴィンセントが浮かんで悲しくなる。洗えば落ちるだろうかと急いで洗い場を目指したが、向かう途中で家事妖精のティーナに出会いガミガミと叱られた。幸いにも彼女の魔法でどうにか修復できる程度の焦げ付きで一命を取り留めた。


 気落ちしたままヴィンセントの部屋に向かうと呆れ顔の彼に向かい入れられた。
「僕はティーナに頼むように言ったよね?」
「おれだって、アイロンがけくらいできると思ったんだもん……」
「アルはやることなすこと最悪の状態にしかならないんだからさ。何にもしなくて良いっていつも言ってるよね?」
 ヴィンセントが怒るのも、言っていることも理解できたがアレステアはできることがあるならばなんでもしたかった。それがヴィンセントのためになると信じていたからだ。
「おれだって……おれだってヴィーの役に立ちたい!」
「そもそも、アルに役に立ってくれなんて言ってないし、何かしてほしいなんて望んでない」
「それって、おれが要らないってこと……?」
 目の前が暗くなるような気がした。手先が冷えて、立つのもやっとだ。
「そうはいってないだろ! とにかく、しばらくは部屋から出るの禁止。罰として魔力供給もお預けだから」
「っ! 分かったよ! ごめんなさい!」
 アレステアは部屋を飛び出すと普段使っていない自室に走って向かい、音が鳴るほど強く戸を閉めた。その勢いのままベッドへ倒れ込み悔しさに涙があふれる。漏れる嗚咽を布団で押し殺し、気付けばアレステアは寝ていた。


 目が覚めたとき隣にヴィンセントの姿がなく、先に出たのかと寝ぼけた頭で思考するが、はたと自分の部屋であったと思い出す。
「あーどうしよう……」
 召喚された淫魔であるアレステアにとって魔力供給は食事と同じだ。アレステアの魔力がなければ生きられない。もっとも食事をすれば体の中で魔力に変換されるが、アレステアに会ってからはほとんど魔力供給で力を得ていた。
 ヴィンセントに甘えすぎていたから何もできないままなのかもしれないと反省した。
 魔法を使うにはこの世界よりも魔界の方が適している。食事に関しても魔界の食材は魔力が多く含まれているため、魔力が切れてもすぐに回復できた。
 外出禁止令は出ているが、役立てるようになればヴィンセントも喜ぶだろうとアレステアは初めて帰還魔法を使った。
 目の前には記憶の片隅に僅かに残っていたアレステアの実家があった。当時家族のほとんどが仕事や学校に出かけていてひとりぼっちで居ることが多かった。そもそも人間よりも家族という概念が希薄で、ふらつきがちな淫魔の家族がこの家残っているか怪しいが、ノックをしてみた。

 魔界の記憶はほとんどなくなっていたが、ためていた小遣いで一週間は過ごせることが分かり毎日遅くまで修行した。魔法が扱いやすいこの世界では人間界に居たときよりも断然修行の進みが早かった。
 三日もあれば中級火魔法と風魔法が扱えるようになり、最終日にはギリギリ上級火魔法と呼べる術も使えるようになっていた。
「これならヴィーも喜んでくれるはず!」
 意気揚々とヴィンセントのいる人間界に戻れば般若の如き形相をしたヴィンセントに出迎えられるのだった。
「あ、ヴィー! ただいま! ねえ聞いて! おれね上級火魔法使えるようになったんだ! こっちじゃ試してないけど……でもこれできっとヴィーの役に立てるよ!」
「一ヶ月も居なくなってどこ行ってたんだ! 上級火魔法? その魔力はどうやって回復したの? 淫魔らしく体でたらし込んで回復でもしたのか?」
「一ヶ月……? あ、そっか。魔界と人間界とじゃ流れてる時間が違うもんね。おれ一週間しか向こうに居なかったけど、結構時間経っちゃってたんだね? 体でたらし込むって何? どういうこと?」
 ヴィンセントが喜んでいないこと、勝手に居なくなったことに怒っていることは分かったがアレステアにはヴィンセントの言葉が理解できなかった。
「魔法を使うのに魔力供給なしでどうやって訓練してきたのかっってきいてるんだ」
「うん? それでおれがヴィー以外の人とえっちしたって疑ってるの?」
「っじゃなきゃ一週間も過ごせるわけないだろ!?」
 泣きそうになっているヴィンセントを見たのは久しぶりだった。アレステアは幼くかわいかった頃の彼から変わっていないところを見つけて嬉しくなった。同じくらいの背丈だったあの頃とは違い自身より大きくなったヴィンセントの頭をくしゃくしゃと撫でてから強くその小さく見える体を抱きしめた。
「ばかなヴィー。魔界はそんなことしなくたって魔力で満ちてるから普通にご飯食べれば回復するよ。おれがヴィーしか知らないって知ってるくせに。覚醒前のおれを召喚したアルなら知ってるはずだよ? あの時まだ精通すらしてなかったって」
「……証明して。アルの体が僕しか知らないって……」
「うん、いいよ。その目で確かめて」
「あと、アルはいるだけで僕を強くしてくれるんだから勝手に離れないで」
「ヴィーが契約解除しない限り離れないよ」
 少し離れただけでこんなにも弱々しくなるヴィンセントを見て、アレステアは自分の役割をようやく理解した。そして一層強く彼を抱きしめた。


end

***
COMIC CITY 東京 149のペーパーでした。
私自身も名前がこんがらがっててやばいペーパー渡していました。。
上げてから気付くって怖……。
えっちなところは書き中(放置……)です!


07/30/23(10/31/24)