アリ―に起こされ、外を見ると明るかった日は落ち、夜になっていた。反対に室内は照明が付き明るい。
しかし、いくら照明器具を探しても見当たらない。どういう仕掛けになっているのか、聖には分からなかった。
「起きられましたね」
「あ、ありがとうございます」
「いえ。お食事の用意ができていますが、直ぐに食べられますか?」
この場所に来てから聖は何も口にしていなかった。風呂に入って蒸気を吸ったとはいえ、水すら飲んでいなかった。
それゆえ、食事と言われると急に空腹も喉の渇きも思い出したかのように感覚を取り戻した。
「じゃあ、お願いできますか?」
「畏まりました。こちらか食堂か、ご希望の場所はございますでしょうか?」
少し間をおいて聖は答えた。
「食堂に行ってみても良いですか?」
シュナは別の場所に居るようで、アリ―が聖を食堂へと案内した。
聖の中の食堂といえば、高校に有った物を思い浮かべる。広く、大勢の人がガヤガヤと食事をして、自動販売機で食券を買い、それを調理場のおばちゃんに見せるのだ。少し待てば頼んだご飯が渡される。それをプレートに乗せてあらかじめ取っておいた席で友人と食べるのだ。
普段は弁当があるためあまり利用しなかったが、聖はあの食堂のカツ丼がたまらなく好きだった。サクサクとした衣が自慢の一品だ。
だが、アリ―に連れて来られたのは聖が想像していたものとは全く違うものだった。
確かに広くはあったが、沢山のテーブルもなければ厨房も見えない。有るのはテレビで見たことのある無駄に長いテーブルとそこに並べられた椅子だけだった。それらには繊細な細工が施されており、一目で高価な物だと判断できた。
「さ、ヒジリ様。御席はこちらですよ」
聖の自宅に有る四人用のテーブルを六つも七つも並べたような長さで、上座と下座の者が会話するのは困難だろう。その距離を先から先まで歩くと漸くアリーの足が止まった。椅子を引き、聖に着席を促す。
「え、上座とかに座ってもいいんですか?」
これだけ長いと、いつもは気にしない、席の場所が気になった。常識的に考えると、ただの高校生である自分には見合わない席だと聖は思う。
それに、テーブルを一望できる上座は一人で食べるには少し寂しい。誰も居ない上に開かないドアを見るのは孤独だ。ならばせめて、横に着いて現実から目を背けるように食事したい。
「……こっちに座っちゃダメですか?」
アリーが引いた席の右側にある椅子に手をおいた。
「構いませんよ」
にこりと笑って承諾する。アリーは聖が座ろうとしている椅子を引こうと動いたが、聖はそれを止め、自分で座り、位置を調整した。
「それでは御食事をお持ちいたしますね」
アリーがそう言うと、入ってきた扉とは違い上座側にあるドアから、順に食事が運ばれてきた。先頭にはシュナが居り、聖の前にシルバーやナプキンを並べる。
聖がナプキンを首元の服に掛けると、シュナの後ろに付いていた侍女が水の入ったボールをシルバーの間に置いた。
知識としてそれが手を洗うものと知っていたが、実際にテーブルの上で手を洗うのは初めてだった。
簡単に洗うと、シュナが聖にタオルを渡した。水っ気を吸い取ったそれをシュナが受け取ると、ボールは下げられ、代わりに前菜が置かれていた。
「い、いただきます」
至れり尽くせりの状態に落ち着かない聖だったが、経験はないが、高級なレストランに来たつもりでどうにか落ち着こうと努めた。慣れぬことに、逐一給仕をする者に礼を言う。その、天界ではあまり見ぬ態度に驚きつつも、彼女たちはにこやかに聖を見守った。
温野菜のサラダを食べ終わると、蒸した鶏肉にホワイトソースを掛けた物が出てきた。
ナイフで一口大に切り、口の中に入れる。肉は軟らかく、ホワイトソースと絡んで頬がとろけるほどおいしかった。
普段料理をする聖はサラダに掛かったドレッシングの作り方から順にレシピを習いたい欲がでる。食後に作り方を聞き、帰ったら家族に振る舞おうと自然に思った。
しかしはたと気づく。帰ることなどできないに等しいことを。
それを思うと途端に料理の味が変わった。
おいしかったはずの肉もソースも味気ない物になる。周りに人は居れど、一緒に食べてくれる人は居なかった。
「あの……今って、ほかに食べる人居ないんですか? 席もこんなに空いてますし」
すぐ後ろに立つシュナに尋ねた。
「そうですね。基本的にこちらは会食の時などに使われますので。皆様はご自身のお部屋か、お食べにならない方もいらっしゃいますよ」
シュナ曰く、ここに居る者たちは空腹を感じないという。元より食べる必要がないのだ。だが、味覚は備わっているため、娯楽として食事をする者も少なくはない。
人とは違う理を持つ者が住む世界なのだ。
「そう、ですか」
聖はそれをかわいそうだと感じた。お腹が減ったときの白米ほど美味しいものはないし、親しい者たちと食べるご飯ほど楽しい食事はない。
おいしいは乗算可能な感覚なのだ。
「……みなさんと一緒には食べれないんですか? ひとりだと、どうも」
言葉を濁し、発するがそれを応えることは彼女たちにできなかった。元々、彼女たちはひとりの食事とそれ以外の違いを理解していない。
「申し訳ございませんが、それは出来かねます。私どもがヒジリ様と席を共にすることはあってはならないのです」
今度はシュナではなくアリーが答えた。当然のごとく、聖の望むものではなかった。だが聖は諦めず、さらに請う。
「でも俺が良いって言ったら? 俺が頼むのでもダメなんですか?」
アリーは緩く、だがしっかりと首を横に振った。
主人が侍女と食事をするなどあってはならなかった。それはこの宮殿において、自分の地位を危ぶませることになる。格段に立場の違う者と食事を共にするとは、自らもその地位に降りたと思われても仕方のないことだった。
相手が侍女でなければ、愛弟と言って関係を持つ者との食事だと、愛の証ともいえる。愛を与えるのは何かを与えるのと同意義なのだ。
神の伴侶とされる聖が愛弟だといって彼女たちと食事を共にすることは神への冒涜であり、重罪極まりない行為である。それを汲んでの返答であり、違えることはない。
「ヒジリ様のお申し入れ、誠に嬉しく思っております。お食事をご一緒することはできませんが、よければ明日、お昼の後にティータイムをご一緒しませんか?」
アリ―は昼を軽めに取れば大丈夫だとウインクをした。
聖はアリーの申し出を有りがたく思い、二つ返事で返す。その後にまた一口食べた鶏肉は少し甘かった。
そしてデザートに、イチゴとヨーグルトのシャーベットを平らげると、食べすぎたと思うほど腹は満たされた。
「ごちそうさまでした」
合わせた手は膝に乗り、右手で膨れたお腹を擦る。
身体の重みと満足感から動くのが少し億劫になった。
「お口に合いましたでしょうか?」
「はい。どれもおいしくて、ついついお腹いっぱいまで食べてしまいました」
「それは良かったです。作った者たちも喜びますわ」
シュナが嬉しそうに言うと、聖は聞きたいことを思い出した。
「あの、シェフの方にレシピを教わることってできますか? すごくおいしかったので、今度試してみたいんです」
聖の中で食べさせたい相手は決まっていたが、それがいつ叶えられるかは分からない。だがこの際、料理の腕を上げて帰えろうと、プラスに考えることにした。
そうすることで、ここにいる意義を見出せそうな気がしたからだ。
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多分、愛弟って多い人はすごく多いと思います。
弟ってありますが、かわいいものとかって古語があるらしくそれで。
別に男って意味じゃありません。女でも男でも両方弟です。
こういう時にこそBLだよね!
元気出る。
03/12/11