リュカが孤児院を出て三年、職場の理解を得ながらなんとか一人で暮らしていた。ベッドと小さな机と一人分のクローゼットで殆ど埋め尽くされた部屋に共同のキッチンとトイレ。それでも給料の五分の二は家賃で持っていかれてしまう。
 体質的に休暇を余儀なくされた月はさらに大変だ。休んだ分だけ給料が減らされてしまう。ただ、これだけ理解のある職場はそうそうないのでリュカはとても有難く思っていた。

 この世界の性は六つに分類される。大まかに第一の性である男女があり、第二の性として体格はもちろん力や知力、加えて容姿に優れているアルファ、大多数を占めるベータ、そして男女関わらず子をなすことができるオメガがいる。
 アルファは女性とオメガを孕ませることができるため、婚姻は性に囚われることなく自由に行われていた。
 またアルファはその能力から権力者であることが多く、逆にオメガはヒートと呼ばれる発情期があることから淫蕩とされ、差別を受けることも少なくなかった。だが、オメガが教会預りとなった時からその差別はなくなりつつあった。
 教会によって開発された抑制剤はオメガの社会進出に貢献し、ベータと同じように生活できるようになった。
 リュカもその抑制剤のおかげでヒートの際に動けなかった期間が一週間から一日二日と激減した。
 そんな抑制剤をそろそろ教会へ貰いに行かなければならない。
 リュカは毎朝お祈りには行っていたが、決して熱心な信者ではなかった。もちろん抑制剤を貰っている恩もあり、少ない給料の中から幾らか寄付しているが、孤児院にいた頃からの習慣だった。加えて、この街に来た理由にもなっている彼が神父としてあの教会に在籍している。一目見ようと欲深くいるだけなのだ。

 午後の仕事を終えたら直ぐに行こうと家具職人の親方に一言告げた。二つ返事で快諾され、リュカは仕事に戻った。
 従業員が二十人を超えるこの大きな工房で働いて三年、掃除から始め少しずつ木の扱い方を教わり、途中までは一人で任せて貰えるようになった。仕上げは先輩が行い、他の商品と同じようになっていく。リュカがまだまだ未熟だと感じる瞬間だ。
 鐘の音と共に終業時刻となった。いつもであれば少し残業をして帰るところだが、リュカは急いで帰路についた。
 次の鐘が鳴ると緊急時以外の相談はあまり好まれない。あまりに遅いと相談窓口が閉まってしまっていることすらある。
 教会は貴族街と比較的富裕層の住む地区の間に建てられていた。リュカの住む職人街からは少し距離があるためいくらか早足で地面を蹴る。
 貴族や裕福な者達がきちんと寄進しているのか、この街の教会は大きく立派な造りをしていた。金縁の扉や天井いっぱいに描かれた華やかな宗教画、そして広間にはいくつもの銅像が並べられている。
 リュカは奥の扉をめざして進み、立ち止まって戸を叩いた。中から聞き慣れた声がして招き入れられる。
「こんばんは、ユーゴ様」
「おや、リュカですか。こんばんは。今日はどうし……ああ、そろそろでしたね。今準備しますからそちらに座って待っていなさい」
 二人がけのソファーに座るよう促され、言われるがままにリュカは腰を下ろした。
 今日の当番がユーゴであった事が嬉しくてリュカの心臓が飛び跳ねる。顔を合わせてこれなのによくこの二年、行為ができたなとリュカ自身不思議に思った。
 初めての発情期の時にたまたまリュカの村に来ていたユーゴに看病されて以来、リュカは彼に恋していた。追いかけてこの街に来たもののなかなか距離が詰められず、苦しい思いをした。
 だが、唯一知っていた彼の好物を切り札に出してから二人の距離はぐっと狭まった。それこそリュカから誘えば相手をしてくれるほど。
 リュカには絶対にしないと決めたルールがあった。リュカが発情すればアルファのユーゴは断ることができない。それ故にリュカは発情期は絶対に彼には近づかないことにしていた。彼の意思を尊重したいからだ。フェロモンに当てられて無理矢理行為を迫るのは強姦も同じだとリュカは考えていた。
 早めに抑制剤をもらいに来るのもそのためだ。加えて少し早めに薬を飲むと緩やかに発情期を迎えられる。


 あれはまだリュカが村の教会が運営する孤児院に居た頃だ。
 ある日リュカは突然の高熱にうなされて、隔離された部屋で寝込んでいた。始めは全身が燃えるように熱く感じていたが、それは次第に下半身の疼きに変わっていった。精通していない彼にはそれが何か理解できずにいた。
 孤児院の職員も孤児もリュカ以外はベータでリュカのそれが発情期であることに気付ける者はいなかった。また、リュカのフェロモンは特殊でアルファの中でもより強いアルファ性を持つ者にしか作用しないほど微弱なものだった。
 寝込んでから二日ほど経った頃、リュカは性器を扱くことを覚えた。しかし、吐精できない体では一向に熱を放出できず、苦しいだけたっだ。それでも刺激することを止められず、性器は赤く腫れてきていた。止めたいと泣きながら手を動かし続けた。
 一心不乱に動く手に大きな手が重なった。性器から手を剥がされ、焦点の合わない目でその大きな手を辿った。
「これ以上触ってはいけないよ。辛いだろうけど、我慢してください。すぐに薬が届くから頑張って」
 低く耳障りの良い声がリュカの耳に届く。掠れた声でリュカは助けを求めた。
「熱いの……たすけ、て……」
「大丈夫。薬さえ飲めば楽になりますよ。今隣町に抑制剤を取りに行ってもらっています」
 握られた手をリュカは必死に取り戻そうとする。しかし、彼の指一本すら離すことができなかった。
「ああ、こんなに赤く腫れて。もう性器を触るのは禁止です」
「はなして……はなして!」
 リュカは爪を立てても離してくれない大きな手に泣くことしかできない。
「辛いのは分かりますが、これ以上触れば血がでてしまいます。辛抱してください」
「やだっ……手、やだぁっ、あつい……つらいのっ」
「本当に、助けてほしいですか?」
 朦朧とする頭でリュカはこくこくと強く頷いた。
「分かりました。ただ、これから私がすることに後から非難するのは止めていただきたい。後悔しませんか?」
「何にも言わないから! たすけてぇ……」
 彼は溜め息をひとつ吐き、空いた手でリュカの下半身に触れた。そしてリュカすら触れたことのない場所に指を差し入れた。
「ひゃあっ」
「これだけ濡れていれば痛くはないはずです」
 彼の言うとおりに、痛みは感じなかったが内側を触れられる違和感は果てしない。中を弄られ、ある一転が触れた時、目の前が白くなり、腰が逃げるように踊った。
「やぁっ、なにっ?」
「ああ、ここですね。ここで気持ち良くなりましょう」
 許容を超える快感にリュカは彼の手を掴んだ。掴んだところで動きは止まらず、腰を揺らすことしかできない。
「あっ、あっ、んあっ」
 ガクガクと足が痙攣し、射精を伴わず達した。抜いて欲しいのに彼の太く長い指を締め付けてしまう。
「あ……ぅんっ」
 だらしなく開くリュカの口が塞がれ、熱い物に舌を絡ませられた。数瞬して、それが彼の舌だと気付いた。
 歯列をなぞられ舌や唾液までも吸われていく。息をつく暇もなく、頭の痺れと呼吸ができない苦しさを覚えた。
「ん、んー!」
 リュカがなんとか身じろぐと肺に酸素が運ばれる。肩で息をしているとまた口をふさがれた。抵抗するなとばかりに両手が寝台に縫い付けられ覆いかぶさってくる。息苦しさとぞくぞくと背筋に快楽が走る相反する感覚にリュカは溺れそうになった。
 漸く解放されたと思ったら、今度は首筋にピリとした痛みを感じた。続けてぬるりと熱いものが喉を這う。リュカは息を整えるのに必死で彼を止めるという考えが及ばなかった。徐々に下がっていく彼の頭をぼーっと眺めていると胸の突起が口に含まれる。
「や、くすぐった……んっ」
 ただむず痒いだけだった胸が甘噛みされたところからじんわりと熱をもちはじめる。両方を同時に刺激されると後孔がきゅんっと疼いた。勃ちっぱなしリュカの分身がびくびくと痙攣する。
「っ……ああ、すみません。珍しく、当てられてしまったようです」
「もっと、して……」
「っ……最後まではしませんので」
 最後とは何だろうとぼんやりとした頭で考えた。しかし、また乳首を刺激されてすぐに思考が霧散する。
「んっ、あぁっ」
 ユーゴの手がリュカの中に再び入ってきた。的確に感じる部分を突かれ高みへと上っていく。
「あっあっきもちっ、ああんっ」
 二度達したことで疲労感を覚える。しかし体は依然として燻る熱を抱えていた。
「……俯せになって腰をあげてもらえますか?」
「はい……?」
 言われるままごろんと向きを変え、ベッドに膝をつく。するとユーゴがベッドに乗り上げてきた。ズボンの前を寛げるとボロンとそそり立つユーゴの雄が姿を表した。リュカのモノとは形も大きさも異なり、大人になるとはこういうことなのかと思った。
 その長大な一物をリュカの太股の間に差し込んできた。
「失礼。少し動きますから足を閉じていてください」
 リュカの腰を大きな手で掴み、ぐっと力を入れユーゴのそれを挟む。ゆっくりとユーゴの腰が動き、リュカのそれとユーゴのそれが抽挿によって擦れ合いゾクゾクと熱が溜まっていく。
 射精ができないリュカには一歩が足りず、後孔が物欲しげに収縮してしまう。
「あなたはこちらの方が良かったようですね」
 腰を掴んだいた指が再びリュカの中へ入ってくる。気持ち良い場所を潰され腰が跳ねた。
「あぁっ」
 太股に力が入り彼の唸る声が聞こえた。打ち付けられる速度が速くなり、リュカも高みに向かっていく。
「くっ、出し、ますよっ」
「へぁっ?」
 彼の逸物が抜かれ、リュカの中の指に力が入り入口を拡げられる感覚がした。その後すぐに熱いものが注ぎ込まれる。それが刺激となり、極めた。びくびくと痙攣して、腰が力なく落ちた。
「これで、多少は、楽になるかと。体を拭く布を借りてきます。寝られるなら寝ていなさい」
 汗で額に張り付いた髪が彼の手で流される。離れていく彼を引き止めようと手を伸ばそうとしたが、体が重く動けなかった。小さくなる彼の背を見つめていると意識が遠退いていった。

 目覚めると薬と水の入ったコップがベッドサイドに置かれていた。リュカはそれをひと飲みして辺りを見渡す。彼がいないが、いったいどれほどの時間が経ったのだろう。ふらつく体に鞭を打ち、彼を探しに部屋を出た。
 外へ出る途中であった孤児院の先生に彼が今しがた出ていったと教えてもらい、足を速める。
 何故か人気のない所で彼を見つけ、声をかけようとしたが思い止まった。彼以外にも人が居たからだ。
 話が終わるまで待とうと影に身を潜めると、彼らの距離が縮まり艶声が聞こえてくる。心臓が締め付けられ、痛みで息が詰まった。こっそり身を乗り出し彼らを見れば、神職である彼が人の首筋に噛みつき血を啜っていた。
 リュカはめまいでその場に座り込んだ。胸の痛みと混乱と治まったはずの熱がぶり返し、下半身が熱くなる。落ち着くまで待っていると、彼らの姿が消えていた。
 孤児院に戻ると彼と共に居た人物が判明した。隣町の神父だった。リュカの薬を届けに来てくれたようだ。そして、リュカをその手で介抱してくれた神父の名前も知ることができた。
 名前と配属されている街を記憶して、成人したリュカは彼を追って孤児院を出た。そして無謀にも再会した彼に目撃したことを半ば脅す形で伝え、関係を迫ったのだ。震えるリュカの手を握り彼はリュカに応えてくれた。


 ユーゴがリュカ用の抑制剤を持って戻ってきた。それを受け取って帰るつもりだったが、もう少し側にいたいという気持ちが勝ってしまう。
「こちらですね。なるべく食後に飲むように」
「はい、ユーゴ様。ありがとうございます。あの……」
「どうしました?」
 ユーゴが首を少し傾げるとサラリと長い銀色に耀く髪が肩を流れる。美丈夫なユーゴにリュカが見惚れないわけがなかった。もしもリュカが犬であったなら、ユーゴの美しさに腹をだして降参していただろう。
 その時、突然熱がリュカを襲った。いやだと抑えこもうにも内側から爆発的に広がり、恐怖から自身を両腕で抱きこんだ。ちらりとユーゴを見やれば驚いた顔をして、ごくりと唾を飲むように喉仏が動いていた。
 それでやらかしてしまったことを自覚した。一刻も早くこの場を離れねばとリュカは思うのに体が言うことをきいてくれない。
「ごめっ、なさ……! すぐに帰りますから!」
「……はあ、仕方がないのでついてきなさい。歩けますか?」
 リュカが弱く首を振るとユーゴに腕を掴まれ立ち上がらせられる。折れそうな膝に力をいれどうにかふんばった。
「これから私はあなたを部屋につれいって抱きますが、嫌でしたらベッドを貸しますから薬を飲んで落ち着くまで横になるように」
 リュカは拒否できないまま、ふらつく体でユーゴの部屋まできてしまった。ユーゴの香りが満ちていていっそう下半身に熱が広がる。
 ゆっくりとベッドに下ろされると、至って普段通りに見えたユーゴの瞳が潤んでいること気付いた。自分のフェロモンに反応してくれているのが嬉しくて自分で決めたルールを容易く破ってしまう。
「リュカ、いいですか?」
「は、い……。ごめんなさい、でも、おれ、ユーゴ様に抱いてほしい……」
「いつもよりも早くきてしまったのだから仕方がありません。別にあなたを抱くのがいやなわけではないので、気にしないように」
 全身が敏感になって動けないリュカの代わりにユーゴがリュカの服を脱がせていく。素肌が空気にふれぶるりと震えた。
「さすがオメガですね。丁寧に準備せずとももう濡れていますよ」
 めざとくユーゴがリュカの尻が雄を求めていることに気付く。リュカは早くそこに触れてほしくて、でも我慢できずに自分の手を伸ばした。何度もこの熱を処理してきたのだ。どうすればいいか分かっている。
 期待して疼く蕾に、それだけで感じてしまう。
「だめですよ、私がやりますから」
 ユーゴに手を押さえられ、反対の冷たい指が入れられた。それだけでリュカは極めてしまいそうだった。
「ああ、これだけ濡れて柔らかくなっているなら馴らす必要はなさそうですね」
「はぁはぁっ、もっと、奥に……!」
「ええ、ええ。分かっていますよ。こちらも当てられて勃たせる必要がないですからね」
 すぐにユーゴの剛直がリュカの中へと入っていく。奥まで到達するまでに軽い絶頂を何度も繰り返す。
「あぁっユーゴ様ぁ、す、っきですぅ」
「本性を知ってなおそういうのはあなたくらいですよ」
 リュカは激しく抽挿するユーゴの頭を震える手で引き寄せ、首筋を差し出した。リュカがユーゴに与えられる唯一の対価だった。痛みと供にリュカは果てた。ユーゴの動きがゆっくりに感じられ、肌がぶつかり中が掻き混ぜられれる音が鮮明にきこえるようだった。感覚という感覚が強制的に鋭くなる。
 リュカのうなじは誰にも踏み入れられたことがない綺麗なままだった。それに比べ、首筋や手首にはいくつもの噛み痕が点在する。普段は服で見えることはないが、ユーゴ以外の者が見たらすぐにでも医者へ見せるだろう。
 だがこの傷跡はリュカにとって宝物のようなものだった。ユーゴとの行為が行われた証明になるからだ。リュカの中にユーゴが、ユーゴの中にリュカが注ぎ込まれた証なのだ。
 ユーゴが血に染まった赤い唇をリュカに押し付ける。鉄の匂いがして、すぐにユーゴに塗り付けられた血を舐めとられた。
「本当にあなたの血はおいしいですね」
「うれしい……。もっと、おれを食べて……」
 二人の行為は朝まで続いた。貧血と快感で何度かリュカは失神したが、リュカが深い眠りにつくとユーゴは不思議な力を使い回復させる。傷跡はリュカの望むままに残しているにすぎない。ユーゴにかかればすぐにでもなかったことにできる。そうでもしなければ生きていけないからだ。
 疲れきっていたリュカの顔から疲労感が薄れる。
 眠るリュカを見てユーゴはいつも考える、あとどれ程この行為をすれば項を咬ませてくれるのだろうかと。


end

***
C97のペーパーでした。
めちゃくちゃ書き足しました。文字数が(約)倍になっています。
過去編書きたかったのですが、当日いつもの如く時間が足りず……。
おかげで再録まで時間がかかりましたが、書けてよかったです!


12/28/19(01/05/22)