あらすじ:人類が宇宙に進出し、敵(ガブズという巨大な虫のようなもの)と遭遇して久しい。人口の減った人々はクローンを大量に作り戦士として育てた。二人一組で戦う、遺伝子操作によって惹かれ合う恋人たちの日常がまさに終わろうとしていた。


 呆気なく、お前は死んだ。私に生きることを強要して、一人で逝ってしまった。自殺することは許されず、のうのうと、次のルイナーと共に生きることになる。
「フィル、愛してるよ。もし俺が死んでも絶対に生きてね。俺はフィルが死ぬのはやなの」
 突然、行為を終えた後にハイルフが縁起でもないことを言いだした。疲労感と多幸感の微睡みの中、一瞬にして冷えるような感覚に陥る。
「馬鹿を言え。私たちは普通の人間よりもずっと短い命しかないんだ。死ぬなと言う方が可笑しい」
「うん。だから、せめて俺が死んでも死なないで。俺のことずっと愛してて」
 笑顔に押され、お休みの一言で話は打ち切られた。
 ハイルフも私も、もうハイルフの体にガタがきていることは分かっていた。再生スピードは格段に落ち、一度腕が落ちれば次の戦いまでに治っている方が珍しい。無茶な戦い方を止めろといくら言っても、アイツが聞く事は無かった。
 いくら計算をし直しても、次が最後だ。また同じように無茶をすればハイルフは死ぬ。覚悟をしなければならない時が迫っていた。
「じゃ、フィル行ってくるね。ルイナーの命令は絶対だから! もう上にも伝えてあるし。でさ、最後にちゅーくらいくれてもいいと思うんだけど」
 キスなんてこの日が来るまで腐るほどしてきた。昨日だって、溶けてしまうのではないか、ハイルフの唇なのか自分のそれなのか、境界線が曖昧になるほどした。
「キスなんて帰ってきたらいくらでもしてやる」
「もー今じゃなきゃダメなの分かってるくせに」
 いつものハイルフが目の前にいて、これが最後ではないのではないかと錯覚させる。バカはいつまでもバカで、私の気持ちなど考えようともしない。
 メンダーはルイナーの後追いが一般的だ。いくら遺伝子的に惹かれ合う種だとしても、前任の者がいれば次のルイナーにとってあまり良いメンダーとは言えない。自分だけを見つめてくれる存在ではないからだ。
 そんな駄目なメンダーをハイルフはまさに作ろうとしている。私に烙印を押そうとしているんだ。
「泣かないでよフィルネル。ごめんね、フィルネルが嫌がることしてるのは分かってる。でも俺はフィルネルに生きて欲しい。俺のワガママ聞いてよ。俺≠ヘ消えるけど、また別の同じ顔した俺が来るから。フィルネルが悲しむことなんてないよ」
「分かっているなら、私にそれを強いるな」
 抑えようと思っても、溢れかえる涙は止まらない。どうしようもないほど、弱くなる自分がいる。普段通りに居ようと思ったのだが。
「だからごめんって。謝るけど変えられないから。もう行かなきゃだし。ねぇ、キスは?」
 濡れた頬と唇をハイルフのそれに押し当てる。最後のキスは塩っぱい味がした。
 いつまでもこうしていたい。叶わぬ願いばかり望んでしまう。
「……終わったらもっと凄いことをしてやる。だからちゃんと帰ってこい」
「凄くそそられる誘いだけど、俺は俺をやめられないからね。愛してるよ、フィルネル。それは永遠に変わらない。だからこそ、次の俺のことも愛してあげて」
「私だってそうだ! ハイルフでないと駄目なんだ……!」
 お互い同じ気持ちだと言うのに、最後までハイルフは笑っていた。当の本人は受け入れているというのに、私がまだそれができないでいる。
 ハイルフはすり抜けて、私から離れていった。触れられる距離にいるはずだが、すごく遠くに感じる。
「ありがと、フィル。大丈夫だよ、フィルは生きていける。だって俺がいるんだから。……じゃあね。サポートよろしく」
 その言葉があったにもかかわらず、散々な結果だった。いつものように、無理の利かない体で、ハイルフは無理に突っ込んでガブズを殲滅していった。
 壊れた機体が自動操縦で戻ってきたときにはもうハイルフの体は冷え切っていた。冷たく、動かないただの塊だ。私はそれを呆然と眺めることしかできなかった。
 清掃員たちが事務的な手つきでハイルフを運んでいく。私たちの兄弟が死ぬなど日常茶飯事だ。毎日のように誰かが死んで誰かが作られて、欠けた戦士を補充していく。その流れにハイルフが乗っただけだ。
「はい、るふ……」
 お前ってヤツは、本当に、私を置いていったな。いつだって私の気持ちは度外視される。
 メンダーはルイナーの言葉が絶対だ。ルイナーであるハイルフが望んだことは叶えなければならない。遺伝子的にもそうあるよう組み込まれている。それを理解した上で、反発しようとしている。

 ふらついた足取りでどうにか誰も居ない自室に戻った。音もなく冷たい空間に、記憶のハイルフがちらついて見える。昨日まで何度もかわいがられたベッドは、出陣前と同じで掛け布団が捲れたままだ。
 早く用意しろと布団から出ようとしないハイルフを急かして、布団を無理矢理剥ぎ取った。死ぬと分かっていて、私はハイルフを支度させた。ハイルフも――……

 一体どれくらい時間が経っただろう。空っぽのまま、時計の針だけが進んでいた。
 ノックの音に反応して戸を見やる。返事をする気力が無かったが、勝手に扉は開けられた。見慣れた背格好の者が私の前まで歩いてくる。溢れだした涙を止めることができない。
「ハイルフ……、ハイルフ……!」
 ハイルフが戻ってきた。そうか、死体だときちんと確認したわけじゃない。機械が一時的に止まった心臓を死だと勘違いしたのだ。なんて私は幸運なんだろう。
「俺はハイネ。残念だけど、ハイルフじゃない。前任のことを忘れろとは言わないけど、ちゃんと俺のサポートはしてもらうよ」
 聞き慣れた声よりも少し高い。よく見れば、ハイルフよりも少し身長も低いように思える。それでも匂いは、頭では彼をハイルフだと認識している。これは私のハイルフだ。
「ハイルフ、だろう……?」
「死んだヤツのことは忘れた方が良いんじゃない? 俺だって俺のルイナーの記憶消されたんだから」
 いくら惹かれ合うからと言っても、ルイナーのいなくなったメンダーの元へくる新しいルイナーはそれまで共に過ごしていたメンダーの記憶が消される、と聞いたことがあった。ハイルフではないと否定する彼もまた……いや、私の前に居るのはハイルフだ。それは私たちには関係の無い話だ。
「フィルネル、だっけ? ちゃんと俺の話きいてる?」
「ハイルフのフィルだ……私を忘れるなど酷いことをする。ハイルフは本当に私をいじめるのが好きなんだな」
 立ち上がればおかしなことにハイルフの目線が少し低い位置にあることに気づいた。
「足でも切ったのか? 縮んだ気がする」
「うわっ……現場の人間ってそんなグロい発想するの……。それが俺のメンダーって……。俺は縮んでないし、初対面だから」
「今の私に難しいことはいわないでくれ……処理できるほど頭が休まっていない」
 ショックだったんだ、すごく。――目の前にハイルフが居るのに何がショックだと言うんだ?
「うんうん。あんたがいかれたままだってことは良くわかったよ。まあ、でもちゃんと頭では理解しているようで良かった。あんたのハイルフはもう目を覚まさないよ。死んだんだから」
「目の前にいる」
「俺はハイネ。ハイルフじゃない。これからはハイネのフィルネルで、フィルネルのハイネだ。まあ俺はまだしばらく生きられるだろうから、あんたが死ぬ前までにはちゃんと覚えておいてよ」
 俺は気が長い方だからと続けるハイルフは、そんなわけ無いだろうと指摘せずにはいられなかった。ハイルフが我慢や耐えるなどという言葉を知っているとは思えない。わがままの塊のような男だ。自分が中心に世界が回っている。
「……誰なんだ?」
「やっと俺のことみてくれた? 俺はハイネ。あんたの新しいルイナーだよ」
「ハイルフがいい……ハイルフじゃないと私は……」
 ハイルフがいい。でも何故だろう。体が彼を受け入れようとしている。ハイルフだけの私のはずなのに、体の奥が開いて、迎え入れる準備をし始めている。
「しばらくはそれでもいいけど、ちゃんとハイネって呼んでよね? 俺はもうあんたのこと愛し始めているんだから。遺伝子って言うヤツはほんとうまくできてるよ」
「私は……ハイルフ以上に君を愛せるとは思えない。嫌だと思っているのに、体は言うことを聞かないんだ」
 そしていつか自分の意思とは関係なく、ハイルフではなく彼を選んでしまう日が来るのだろう。彼が望めば私のこの愛おしい記憶など簡単に消し去られてしまう。
「優秀な遺伝子様だ。順調みたいだね。まあハイルフ以上にならなくても彼と同等くらいになれるようにこっちも努力するから、あんたも努力してよ。寿命で言えばあんたの方が早く死ぬんだから。メンダーに愛されないまま先立たれるなんて悲しいことはしないでよ?」
 ハイルフ、ハイルフ。私はどうしたら良いんだ? きっとこのまま彼と過ごせば私は君と同じくらい彼を好きになってしまう。だって分かっているんだ、すでに彼に惹かれていることに。怖い、怖いよハイルフ……。助けてくれ……。
「フィルネル、ハイネって呼んで」
「……ハイネ」
「そう、呼べるね。その調子だから、まあ名前は正直なんでも良いんだけど、俺だって認識した上で呼んでくれれば。だから、しばらくは俺が近くに居ることにまず慣れて。明日から練習と調整始まるからさ」
 人間というのは無慈悲な生き物だ。量産された者たちの個の意識など気にもとめない。私がどういう状態だろうと関係ないのだ。
「俺はもうあんたを愛してるよ、フィルネル」
「ああ、そうか……」
 仕方が無い、仕方が無いのだ。我々はそういう生き物なのだから。


end

***
J庭45のペーパーでした。
えっちまで持って行きたかったなと。。。


10/21/18(01/02/19)