白い部分が増えてきた。営業は身だしなみが大切だ。足はともかく、そろそろ手は切らなくては。
 しかしながら、結人は爪を切るのが下手だった。白いところを揃えようとパチンパチンと爪切りで整えていくと、いつも上手くいかず深爪をしてしまう。
 そういう時の克哉だ。丁度隣にはハードカバーの小説を読んでる奴がいる。つんつんと肩をつつく。
「かっちゃーん」
「……今日はなんですか?」
 結人が彼を『かっちゃん』と呼ぶ時など限られている。その殆どがおねだりをするときだ。嫌そうな顔をする克哉に心外だなと思いながらも要望を口にした。
「つめ! 切って」
 手の甲を克哉の目の前にぐいと近付けて、伸びた爪を見せつける。
「あ、ほんとだ。随分伸びちゃったね。ごめんね、忘れてた。ちょっと待ってて」
 分厚い本を閉じて、克哉がソファーから離れた。少しして克哉の部屋から爪切りセットを持って戻ってくる。途中でティッシュを一枚抜き取っていた。克哉がソファーの前に座りセットを広げる。
「はいおいでー」
 笑顔の克哉が結人を呼ぶ。座った姿勢のままズドンと床に降りて四つん這いで克哉の足の間に尻を落ち着かせた。
「右手からね。はい、出して」
 抱き込まれるように克哉の両手に結人の右手を包まれる。この格好は背中から克哉の熱が伝わってきて、夏はあまり好きじゃなかった。だから寒いこの季節で良かった。
 パチンと親指の爪から切られる。真ん中から歯を入れて、その後に両サイドをカットされた。こうすると綺麗に出来るというが、結人は何度言われても端から切ってしまう。そしてまたやってしまったと切ってから思うのだ。
「両手切ったら研ぐから離れないでね」
「はいはい」
 いつも形を整えるために爪磨きで仕上げられる。ついでに表面もツルツルピカピカにされて男の手とは思えなくなってしまう。
「そういや、一昨日やった時痛くなかった? 爪長かったし」
「……そういう話は刃物持ってる時にしない! 失敗しちゃうよ! ……大丈夫でした」
「ははっ、なら良かった。ただでさえ切れそうなことしてんのに、前戯で切れたら申し訳ないもんな」
「今度結人にする時わざと爪たてるよ?」
 怖いことをいうのでからかうのはすぐやめた。克哉とは下ネタもセックスも数え切れない程してるのにこうやってかわいい反応を示してくれる。イケメンのクセにかわいくてずるい。ずるいから結人は意地悪したくなる。
 両手の爪を切り終えて、爪磨きで凸凹を楕円にされていく。
「あ、足どうする? ついでに切っちゃう?」
「足はまだいいかな。今度適当に切るから平気」
 爪磨きを何種類か使い分けてどんどん自分の爪じゃなくなる。もうすぐ終わるなと思い、結人はもぞもぞと尻を動かした。
「ゆーいと、動かないで。やりにくいよ」
「うん、ごめん」
 尻だけだとやっぱりやりにくいが、結人の意図を克哉は分かったようだ。
「……ほんとに爪立てられたいの?」
「克哉がしたいならどうぞ」
「かわいい事言うとほんとに襲っちゃうよ?」
「どっちがかわいいんだよ。かっちゃんすっげーかわいい」
 体重を克哉に預けて肩に頭を乗せた。くんくんと首筋の匂いを楽しむ。落ち着く香りに身体を弛緩させる。
「噛み付きたくなる首してるな」
「明日も仕事だからやめてよ? 肩ならいいけど」
「おーけーおーけー」
「後薬指と小指だけだから我慢してね」
 我慢してるのはどっちだよ、と尻に先程とは違う硬さを感じとった結人は笑いたくなった。こういう克哉は見上げても見下ろしてもかわいくて病みつきになるなと結人は思う。
「早くかっちゃんの綺麗な指突っ込んで」
「……今日の結人、変。えろい」
 頬を紅く染めた克哉が唇を突き出して困った顔をしている。その横顔をニヤニヤしながら見つめた。
「エロいオレはお嫌い?」
「好きに決まってるでしょ」
「ならいいじゃん。克哉、はやく」
「もう終わるって」
 爪が磨き終わるのを待ちながら、一昨日のことを思い出した。今日は逆に結人が突かれる番だ。自分よりも長く太いそれが瞼の裏に現れて、ぞくりと期待に背中が震える。
「意地悪した結人の明日に響かないように一回だけに留めてあげるね。一番最後にイかせてあげる」
「……鬼畜発言ヤメテクダサイ」
「鬼畜だなんて。いつも俺は結人に甘々でしょ?」
 かわいかった彼の笑顔が怖く感じた。意地悪は程々に、主導権のあるときに。


end

***
爪切りだけのつもりがびっくりするほど甘えたな結人くんが出てきました。
冬は人肌恋しいのかな。


11/27/13





ぼたもちきゅうこめ





 プロジェクトが佳境に入り、毎度の如く終電での帰宅だ。佳境じゃなくて追い込みか。納品前の一週間は地獄のように忙しい。納品してからもまた大変なんだけど。毎回何かしらは問題が起こる。だから保守点検は必要で。
 パッと見ボロ雑巾みたいになるけど、楽しいから今はそらでいいかと思ってしまう。結人にも全然会えてないから。結人にはいつだってかっこいい俺を見て欲しい。好きな人にはよく思われたいと願うのは男だから仕方がない。
 結人は恥ずかしがり屋さんだから、ドライに対応してくる時もあるけど、甘えてくるのは本当にかわいいくて癒しだ。目に入れても痛くないし、食べちゃいたいくらいかわいい。実際に食べて食べられてる。結人の一挙手一投足に翻弄されて振り回されたい……。結人充電したい……。
 生活リズムが合わないから帰る頃には結人は寝ているし、家を出る時はまだ夢の中だ。ここ数日まともに会ってない上に話もできていない。結人が足りない。仕事の楽しさではカバーできないから、その点においてはかなりキツい。
 それでも、こうやって帰ってくるとおにぎりが用意されてたり、お味噌汁が入った鍋がコンロに置いてあったりすると愛を感じるわけです。もう少し頑張ろうと思えるのです。
「今日のお味噌汁は成功したんだねー。すごいよ結人、美味しくて泣いちゃいそうだよ」
 辛かったり薄かったり日によってまちまちだ。作ってくれた事が嬉しいからなんでも美味しくいただくけど。泣きながら玉ねぎ切ったのかと思うともうかわいくてかわいくて美味しさ百倍。おにぎりも大き目でお腹がすいてるから嬉しい。不格好なのがまたたまらない。
 結人はかわいさしか残さないんだね。まるで妖精さん。
 そんな妖精さんの寝顔をこっそり見て、疲れを癒す日々。昨日はあまりにも眠すぎてシャワーも入らず寝ちゃったけど。おにぎりはきちんと朝食にしました。ほんとかわいい。
 間もなく二時になりそうな時計を見て、慌てて寝支度をした。一緒に寝れたらいいけど、そういうの勝手にやると怒るから我慢我慢。自分ではやるくせに、俺がやると怒るなんて理不尽だが、それが結人だから仕方がない。
 休日出勤をしてようやく完成したプログラムを提出し、屍を横目で見つつ退社した。前回のプロジェクトは終電で帰ることはなかったから、今回が如何に難航したか一目瞭然だ。明日は休みだから、もう何も考えないぞ。
 足取り軽く家に着いたら結衣とがお肉を焼いていてくれた。いい匂いに空腹感が増す。すぐにでも抱きつきたいのをぐっと我慢して、靴を脱いだ。
「ただいまー」
「おー、おかえり。風呂湧いてるから先入ってこいよ」
 結人に従って、いそいそと着替えをとって風呂場に向かった。ちゃっちゃか身体を洗い、湯船に浸かる。夕飯があるから長くは入れないけど、全身お湯に浸かるのは約一週間ぶり。力が抜けて、肩こりやその他の筋肉までじんわり解れるようだ。
「あー……きもちー」
 生き返るとはまさにこのこと。早く結人を抱きしめてもっともっと回復したい。キスして齧られたらもうそれだけでゲージがマックスになる。そう思ったら早く会いたくて触れたくてすぐに風呂を出た。
 リビングのテーブルには夕飯が乗っていて、結人が作ったと言うだけで百倍美味しそうに見える。実際、焦げてても美味しいし。
「ちょうど良かった。さっさと席つけよ。オレが食えないだろ」
「結人、俺の膝の上で食べない?」
「はぁ? お前疲れで頭いかれた?」
 じゃあせめてとばかり、座る結人を目一杯抱きしめてから椅子に腰を落ち着けた。
「いただきます」
「いただきます」
 サラダにドレッシングをかけて頂いた。色々な気持ちが込み上げてくる。
「結人、今週ほんとありがとね。おにぎりとお味噌汁美味しかった」
「あれば別に余ったから置いといただけだし……残ってたら朝ごはんにする予定だったんだよ」
「うん、うん。それでもありがとう。洗濯物とか洗い物とか全部やってくれて……俺、俺……もうすごく愛されてるなって」
 嬉しくて愛しくて目頭が熱くなってきた。呆れ顔の結人を見つめ続けることができなくて、ぎゅっとまぶたを閉じると涙がこぼれる。泣くつもりなんてなかったのに。
「お前……こんなことぐらいで泣くなよ。普段克哉がやってることやっただけだろ?」
「俺は好きだからやってるだだし……」
「俺の家でもあるんだから家事くらいするよ。いつもは克哉に甘えてるだけだし」
 甘えてくれてたんだ! 嬉しくて余計に涙出るよもう結人愛してる。
 夕飯の後は洗い物は俺がして、そっからはもうずっと結人に引っ付いていた。ソファーに座る結人を後ろから抱きしめる。どこか触れていないと嫌で、鬱陶しいと言われようが離れない。
「ゆいとーキスしよー」
「なんでだよ」
「一週間もしてないじゃん」
「オレに一々きくなよ」
 つまりそれはOKととっていいんですよね? 亀みたいに首を伸ばしてほっぺにキスした。唇には結人が協力してくれなきゃできなくて。なのにテレビを見つめる結人は無関心で、動いてくれない。仕方なく移動して深く求めた。
「んっふ……ぅ、こ、ら! テレビ見れないだろ!」
「テレビじゃなくて俺を見てよ」
「……やらしい顔した克哉なんて見たくありません」
「そんなぁ……ならキスしよ? したら顔見えないから」
「それじゃなんも変わんないだろばかつや」
 全身で結人を感じたいから欲情するのは当たり前で、明日はもう休みだしキス以上のことも当然したい。上下どっちでもいいから結人がほしい。
「結人、お願い。おねがいだから……」

 上下問題は両方することで解決した。上も下も口いっぱいに結人で満たされて、美味しくいただいた。珍しく結人が素直に受けてくれて、それもう、それはそれはもう、かわいくて! かなりキて、申し訳ないことにまだぐったりしている。処理は済ませてるからこのまま寝ても大丈夫。
「結人だいすきだよ」
「あー、はいはい。オレもオレも」
「もー、ダメだよ結人。そんなこと言ったらまたしたくなっちゃうから」
 キスにぐっと熱い気持ちを込めた。すると熱い舌が返ってきて、膨らみそうになる熱を必死に抑える。
「ん、……もっかいくらいなら付き合ってもいいぞ」
「どうしたの結人。ダメだって言ったでしょ?」
「オレがいいって言ってんじゃん」
「かわいいこと言わないの。明日の分にとっときなさい。いい子は寝ましょうね」
 おデコに封印させるようにキスをして横に並んだ。隣に結人の気配を感じながら目を閉じる。
「おやすみ結人」
「おやすみっ」
 ふてくされてるのか背中を向かれてしまう。その背中にこつんと額を押しつけて静かに眠りに着いた。


end

***
結人は結人で寂しかったみたいです。


03/30/14