「ただいまー、あー疲れた!」
 結人が家のドアを開けるとクリームシチューのいい香りが漂ってきた。ネクタイを外しながらリビングまでのろのろと歩く。
「おかえり。ご飯もうすぐだから着替えてきなよ」
「すげぇうまそうな匂い。克哉腹減った」
「ほんとすぐできるから、着替えて手洗ってきな」
 味見も許してくれなそうな雰囲気に、つまらなそうにして結人は自室に入った。スーツから部屋着に着替えすぐにリビングに戻った。洗面所に行くのが面倒で、キッチンの流しで手を洗う。棚からコップ、冷蔵庫からビールを取り出した。プルタブを引っ掻いて起こし、そのまま一口口に含んで残りをコップに注ぐ。
「あー喉すっきるするー」
「それテーブルに置いてからでいいから運ぶの手伝って」
 克哉に従いコップと中身の残った缶をテーブルに運ぶ。その後二回ほど白米やサラダを持って往復した。
「シチュー多めにする?」
「うん! すげー腹減ってるからそうしてー」
 克哉が結人と自身の分のシチューをテーブルに置き、結人と向き合って席に着く。そうして二人で手を合わせて食事を開始した。
「いただきます!」
「はい、いただきます」
 何もかけずにサラダを食べる結人とフレンチドレッシングをかける克哉。シャキシャキとレタスを噛む。
「ドレッシングいいの?」
「嫌いでもたまには向き合わなきゃならない時があるんだって今日学んだから。そういや、お前今日早かったんだな」
「お疲れ様。早いって言っても帰ってきたの七時半過ぎてたけどね。結人遅いかと思って、時間あったから作っちゃった。そしたら明日楽だし」
 一時間ほど残業したらしい。今はあまり忙しい時期じゃないんだろうと結人は思った。
 サラダを倒し、結人は念願の大盛りシチューに手をつける。大きめの野菜がゴロゴロとしていて美味しい。じゃが芋は芯まで熱くて、人参も甘味が良く出ていた。
「うまー、疲れた身体に染み渡るわ……」
「ありがと。そう言ってくれると作った甲斐があるよ」
 結人はぺろりとシチューを平らげて二杯目を難なく胃袋に詰めた。白米も同様にいつもより多く口に入れた。
「かつやー、風呂出たら肩揉んでー。今日デスクばっかでめっちゃ肩こった」
 食事を終え皿を洗いながら、ソファーで休んでいる克哉に頼む。軽く揉んでも腕を回しても凝り固まった肩は癒されない。自分ではうまく解せないのだ。
「いいよ。湯船入ってちゃんとほぐしなよ? 沸かしてあるから」
「んー。これ終わったら入る」
 洗い終えた皿を食器布巾で水気を吸い取り棚に片した。すべて仕舞い終わると流しの下の取っ手にかかっているタオルで手を拭いた。
「んじゃオレ風呂入るから」
「はーい、ごゆっくりー」
 自室から下着を取って、結人は風呂場に向かった。服を脱いで下着だけ洗濯機に放り投げる。
 身体を洗ってさっぱりすると風呂ふたを外して湯船に入った。熱さに少し怯んだがすぐに慣れる。肩までつかると先の方からじんわり熱が染み込んでくる。
「あー、きもちー」
 バキバキの身体がお湯で若干解れる。両肩を軽く揉み解し、後ろで手を組んで胸を張った。肩甲骨が刺激されて気持ちがいい。狭い風呂場で動くのはこれが限界だ。
 頭がくらくらしそうになる手前で風呂を出た。全身が内側から温まっている。封じ込めるようにタオルで身体を拭いて服を着た。フェイスタオルを肩にかけて、取りきれない滴を受け止める。
「かつやーたのむー」
「おいでー」
 ソファーに座っている克哉の足もとに結人は尻を落ちつかせた。テレビでは今日のニュースが流れている。ボケっと眺めながら日本の一日を追った。
 肩に克哉の手が置かれ、二点を強く押される。
「あー、きもちー。もっと強くていいぞ」
「かっちかちだね。揉み終わったら湿布貼っとこうか」
「おねがーい」
 首から肩甲骨にかけてぐりぐり刺激された。ついでに髪もタオルで一層乾かされた。湿布を貼ってもらい、Tシャツを下ろす。
「お前も揉んでやろうか?」
「うーん、そんなに凝ってないけどお願い」
 克哉の隣に座り、背中を向けさせた。首回りが緩いシャツから白い肌が見える。少しムラムラして、紛らわせるべく肩に乗せた両手に力を込めた。
「いたたた、そんな強くしなくていいよ」
「うん、ごめん」
「わざと?」
「うん、うんうーん」
 抑えきれずにかぷりと首筋に噛み付いた。歯型が付く程度の力で肌を咥えたままきつく吸う。
「こらこら、どうしたの?」
「……なんかむらむらして」
 痕がついて赤くなったそこをぺろりと舐めた。前を向いたまま克哉に頭を撫でられる。
「明日仕事だから駄目だけど抜くくらいならしようか?」
「いい。平気」
 高ぶる気持ちを抑えつけるように、ぎゅっと克哉を抱きしめた。隙間なくくっついた克哉には結人の変化はバレバレだろう。
「その割にかっちかちな気もしますけど」
「気のせいだろ」
「そっか、気のせいか」
「おう」
 鎮まる兆しは見えないが、触られたら余計に我慢が出来なくなりそうだ。匂いをいっぱい嗅いで後で使わせてもらおう。

end

***
あーかわいーーーー


09/22/13





ぼたもちななこめ





「うわ、結人すごい手カサカサ!」
 夕飯の買い出し中、勝手に手を握ってきた克哉に文句を言われた。確かに最近ささくれが増えて剥いてしまっている。
「いいだろ別に。困ってないんだし」
「手が可哀想だよ。めくれて血が出かけてるし」
 オレの手を撫でる克哉の手はしっとりとして同じ男とは思えない。ささくれ一つなくて、なにやら爪まで輝いて見える。
「ちょっと待って」
 そう言って克哉はカバンを漁り始めた。小さなポーチを取り出して、中からハンドクリームが出てくる。
「女子か、お前」
「立派な男子です。はい、手ぇ出して」
 言われたとおり突き出すと、手の甲にひゃっとするクリームがちょんと乗った。まんべんなく克哉に伸ばされて、オレの手はしっかりコーティングされる。
「ぬるぬるする」
「がまんがまん。はい、オッケー」
 ついでなのか克哉自身の手にもハンドクリームを塗っていた。風呂とセックスの時以外こんなにお互いの手がぬめってることはないんじゃないか。そう考えるとなんだか変な気分になった。
「今日寒いから鍋にしよっか」
「あ! トマトのやつにしようぜ。〆にオムライス食べたい」
「そうしよっか。卵はあるし、後は普通に材料買えばいいね」
 近所の二十四時間営業のスーパーに着き、鍋の素のパッケージを参考にしながら野菜を籠に詰めた。少し多めに買って、朝食の足しにするつもりだ。
 ぬめついた手では慎重に選んでから取らなくてはいけない。余計な心配をさせられ、これならオレはカサカサの手でいいなと思った。それか患部だけに塗ればまだ良かったかもしれない。
 酒とつまみも買い足して、レジ袋二つ分の買い物を終えた。ぎゅうぎゅうに詰まったそれは結構重い。一つずつ袋を手に下げてスーパーを出た。
「これならお腹いっぱい食べれるね」
「まるでいつもは腹いっぱい食べれてないみたいな言い方だな」
「結人がいるからいつも胸はいっぱいだよ」
「うっわー……」
 よくもまぁ恥ずかしいことをスラスラと。克哉の口はだいたいおかしい。羞恥心の欠片もありゃしない。
「かわいいなー結人は」
「大の大人にかわいいとか言うなよ」
 かわいいとか言うなら克哉の方がよっぽど要素がある。イケメンだし。
 恥ずかしくなって袋をぶらぶら揺らした。
 そう言えば妙に手がべとついている。こんなんで汗かいたのかよと余計恥ずかしくなった。どうせ洗濯するからシャツに押し付ける。
「……あー」
 忘れてた。ハンドクリーム塗ったからぬめぬめしてんだ。汗でこんなぬめぬめするけない。しかも克哉相手に。
 やばいなーと思いながら克哉を横目でみた。
「……寝る前だけ塗ろっか。このままささくれ増えるのやだし」
「……そうする」
 当のオレがこんなんなんだから、寝ててもいつの間にかどこかに擦り付けるかもしれない。克哉の忍耐力が限度を超えるが先かかオレが慣れるのが先か。どちらにせよしばらくこの攻防は続いた。

end

***
手袋つけさせても起きたら脱げていそう。


10/18/13